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―――― 「主任―!なんか光が見えてきたっすね!」 第二駐車場へと向かいながら、島田が感涙にむせぶ瞳で栗崎を振り仰ぐ。 「そうだな。まずは本社のシステム科の上田部長に同行してもらうよう手配を取ろう。その前に俺達も資材管理システムについてもう一度勉強し直しだな」 「はいっ!主任!どこまでも付いて行きます!」 「こらこら、島田は早く独り立ちしてくれよ」 腕に縋る島田を振り払いながら、栗崎は内心システムのことより、トオルが見積もり額を流した犯人ではなかったことに心底安堵していた。 そして、少しでも疑った自分をひどく後悔し、責めていた。 (早くトオルに会って抱き締めたい) 栗崎はそんなことを思っていたから、初めは幻を見たかと思った。 栗崎達が第一駐車場から第二駐車場の間にある横断歩道で立ち止まった時だった。 「うわっ!俺、初めて見ました!噂の美しすぎる秘書!」 島田が素っ頓狂な声を上げる。 「なんだその、美しすぎるって」 島田の言葉に栗崎が笑いながらその視線の先を追う。 「面食いの島田が言うなら相当な美女……」 栗崎の言葉は、そこで終わった。 第二駐車場は別館の裏手にあり、職員通用口が見える。 白い簡素なその扉から二人の男性が出て来たところだった。 一人は五十代くらいの品のいい、一瞬でそれなりの地位だとわかる男性。 もう一人はグレーのスーツを着て銀縁の眼鏡を掛けた若い男性。 (…………) 栗崎の笑みが顔に貼りついて固まっていた。 「女じゃないっすよ、主任! 俺も武沢製薬のMRに噂で聞いてただけだったんすけどね。波田野理事長の秘書で、すんごい綺麗な顔の男がいるって。あれ、ホントだったんだなあ」 島田が通用口を見やりながら腕を組んで、思い出すように話を続ける。 「確か、園田 透(そのだ とおる)って言って、オレより一つ上だから二十六歳か。理事長も医師で昔は診療もしてたらしいっすけど、今は病院の経営に奔走してるみたいっす。そしてその理事長にいつもべったりなのがあの美しすぎる秘書で、声を掛ける隙がないってナース達が嘆いてるらしいんすよー」 島田の声が段々と遠くなる。 自分の鼓動の音だけが全身に鳴り渡り、手のひらにはじっとりと汗が滲んでいた。 栗崎の視線の先にいたのは、トオルだった。 一車線の道路を挟んだ先の通用口の前に、波田野理事長とトオルが並んで立っている。 ロマンスグレーの髪を緩やかなオールバックにした波田野理事長は、少し痩せてはいるが覇気のある顔つきで質のいい紺色のスーツを優雅に着こなしている。 その理事長の隣で細身のスーツを着、手に書類ケースを携えたトオルはいつものカジュアルな雰囲気とは全く違い、沈着冷静という言葉が似合う立ち居振る舞いで理事長をエスコートしている。 栗崎は病院の資料などで理事長の写真は見たことがあった。 しかし、秘書の存在など全く知らず、気に留めたこともなかった。 すぐに二人の前に黒塗りの車が滑り込んできた。 トオルが理事長のために後部座席のドアを開く。 理事長は乗り込む直前、トオルを振り返り何やら囁いた。 それにトオルが笑みを見せながら二、三言、言葉を返した。 (!) 栗崎が息を飲む。 トオルの言葉に納得したように頷いた理事長は、身を屈め、後部座席へと乗り込んだ。 トオルは波田野院長が乗り込んだドアを閉めると、自分は助手席側に回る。 「そういえば、俺、他にも変な噂聞いてるんすよ」 島田が少し困惑したような声を上げる。 「あの秘書が理事長を見つめる目が、まるで……」 栗崎の喉はカラカラに乾き、何かを求めるように口を開くと、突然流れ込んで来た空気に一気にむせた。 「大丈夫っすか? 主任?」 心配そうに覗き込んできた島田に栗崎は手で大丈夫だと告げる。 そして、下ろした手を爪が食い込むほど強く握り締めた。 (……まるで、愛してる人を見つめているかのような) トオルが理事長に向けた笑みは、栗崎が今までに見たことのないくらい穏やかで慈愛に満ちたものだった。 栗崎は凍りついたようにトオルの様子を見つめ続ける。 トオルは助手席のドアを開ける直前、一人になった。 その一瞬だった。 トオルの瞳が哀しげに伏せられる。 その瞳の奥に見えたのは、初めて出会った時に垣間見えた、抑えようにも抑えきれない悲痛な色、そのものーー。 栗崎とトオルの距離はそう遠くないはずなのに、トオルがこちらに気づく様子は全くなかった。 『……ーーさんっ!』 トオルが絶頂に達する際に発した声が栗崎の耳に蘇る。 初対面から栗崎のことを呼び捨てにするようなトオルが、『さん付け』で呼ぶ相手。 金も地位も名誉もある相手。 (上司である、『波田野さん』だったのか……?) 「主任? 信号、青になりましたよ?」 島田の声に栗崎はトオルから目を逸らした。 「ああ」 栗崎と島田が横断歩道を渡り始めた時には、トオルと波田野理事長を乗せた車は音もなく滑り出した後だった。

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