41 / 69

6‐6

トオルは切羽詰まった表情で栗崎を見上げた。 その瞳は零れ落ちる寸前の涙で満ちていた。 「……リョウっ……イチ?」 栗崎はそんなトオルの蜜を垂れ流した茎の根元を強く握りしめた。 「あ…んやっ……だめっ、だめっ!ああんっ!」 吐精を堰き止められたトオルは痛切な叫びを上げながら、ベルトで締め上げられた腕を栗崎から抗うように動かし、悶え苦しむ。 「お願い……っ、リョウイチ、イかせてっ……!」 トオルがすすり泣いて懇願する。 「まだだっ!」 トオルの茎を握り締めたまま栗崎が律動を続ける。 「ああん……んんっ、いやあ……リョウイチっ!」 「くっ……!」 トオルをもう片方の腕で背後から抱き締め、黒髪に頬を当てながら動き続けると栗崎の激しい欲望の果てが迫ってくる。 「んっ、トオル、……トオルっ」 最後の数回の律動をトオルの体に刻みつけながら最果てへと昇っていく。 「トオル……っ!」 栗崎はその名を呼びながらトオルの体内に熱い烙印を注ぎ込んだ。 そしてやっと手を緩め、数度扱いてやると、それだけでトオルもまた限界に至る。 「あ、や、出る……っ、リョウイチっ!ああっ」 自らの蜜でしとどに濡れたそこを栗崎の手で扱き上げられ、トオルは涙の筋を作りながら背を反らし、絶頂に達した。 ―――― 手首のベルトを外してやったが、トオルはベッドにうつ伏せに倒れ込んだまま動かなかった。 栗崎はその隣でトオルに背を向け、自分の顔を両手で覆ってベッドの端に腰かけていた。 しばらくの沈黙のあと、トオルが起き上がろうとする。 「っ」 体が痛むのか、小さく呻きを漏らしながらも、やっと立ち上がる。 そして乱れた衣服を整えると、覚束ない足取りで寝室の扉へと向かった。 トオルは扉の手前で、顔を覆って俯いたままの栗崎を小さく振り返る。 「……ごめん」 ただその一言を言うと、トオルは出て行こうとする。 栗崎は咄嗟に立ち上がり、トオルの手首を掴んだ。 「だから、どうして謝るんだ!」 トオルは睫毛を伏せ、また泣きそうに顔を歪めた。 「愛する人があんなに傍に居るのに、どうしておまえは他の男を求めてた?どうしてそんなに哀しそうな目をする?」 栗崎はトオルを胸の前に引き寄せその顔を覗き込んだ。 トオルの頬を涙が伝い、零れ落ちていく。 「リョウイチ……」 「理事長はちゃんとおまえを愛しているのか?大切にしてもらっているのか?おまえは幸せなのか?」 次々と質問を浴びせていく。 「俺なら、おまえにそんな哀しい目をさせない。……もう、行くな」 トオルを胸の中に抱き締め、栗崎は悲痛な叫びの様な愛の言葉を口にした。 「トオル、俺はおまえを愛してる」 腕の中のトオルも栗崎の胸に縋る様に抱きつきながら嗚咽を漏らす。 「リョウイチっ、オレも、うっ、リョウイチのこと……っ」 トオルはそこで言葉を切り、額を栗崎の肩に当てたまましばらく背中を震わせた。 しかし自分を抑えるように苦し気に息を吐くと、ゆっくりと栗崎から腕を離した。 「トオル……?」 消えていく温もりに栗崎は胸の奥がギリッと痛み出す。 「やっぱり、だめなんだ……」 「だめって何がだよ!?」 「オレにそんな資格はないんだ……だってオレ…、あの人の……」 トオルは零れる涙をそのままに虚ろな顔を上げた。 栗崎を見つめる瞳には哀しみの色、ただそれだけ。 その色に栗崎の心はひりつくような痛みを覚えた。 「リョウイチ、オレは……、駄目な人間なんだよ……」 「……?」 戸惑う栗崎の腕から逃れ、トオルは身を翻した。 「待てっ、トオル!」 しかし、トオルは振り返ることなく栗崎の元から走り去っていく。 すぐさま玄関の扉の閉まる音が聞こえた。 それが栗崎とトオルとの間を永遠に閉め切る音に聞こえた。 栗崎は頭を抱え、意味もなく大股で寝室の中を歩き回る。 そしてベッドサイドのテーブルに近づくと、大きく手を広げた。 「くそっ…!」 栗崎はその上に乗っているもの全てを、力いっぱいなぎ倒した。 すさまじい音を立てながら、スタンドライトや文房具類、時計、卓上カレンダーなどが床に落ち、割れていく。 「トオルっ!どうしてっ!」 ずっと大事にしてきたものを、栗崎が自らの手で壊してしまった瞬間だった。

ともだちにシェアしよう!