43 / 69

7‐2

―――― 「では、よろしくお願いしますね」 「はい!こちらこそ、今日はありがとうございました!」 栗崎と島田が頭を下げると看護師長がナースステーションに戻っていく。 二人は波田野総合病院の別館で資材室を見学させてもらったのだ。 プレゼンテーションなどを経て、看護師長から資材管理システムを前向きに検討するという返事をもらったので、栗崎達は見積もりの準備段階に入っていた。 まだ採用が決まったというわけではないので安易には喜べないが、早田を始め支店の上層部にも明るい話題を提供することができている。 「やっぱり、入院患者用だけでもすごい量っすね!」 島田の驚きに栗崎も頷いた。 「これは管理が本当に大変だな。じゃあ、帰って今日チェックしたことを上田部長に報告上げるぞ」 栗崎がそう言って廊下を歩き出すと、島田が窺うような声を掛けてくる。 「栗崎主任、ちょっとだけ、ちょっとだけ待っててもらってもいいすか?」 「なんだ、まだ他の病棟回るのか?」 「いや、それが……」 島田は何故か気恥ずかしそうにナースステーションを見やった。 「今週末の合コンの打ち合わせが……」 「はあ……」 栗崎が大きな溜息を吐く。 「島田おまえ、また彼女にバレたらどうすんだ。俺は知らないからな」 「ええっ、主任!そんなー!でも波田野のナースのレベル、半端ないんすよぉ!一回だけ、目をつぶってください!一回だけ!ってか、主任も誘ってくれってナース達が煩いんですけど……」 「行かない」 「そうっすよねー!主任には彼女がいますもんねー」 「あー、わかったわかった、じゃあ、俺は駐車場で待って……」 そこまで言いかけた時、栗崎の目の端を花束を抱えたスーツの男が横切った。 『ドクン』 途端に栗崎の心臓が大きく跳ねる。 すぐさま廊下の先を見やった栗崎の瞳がその人物を捉えた。 (ト、トオル……?) それは一カ月以上ぶりに見るトオルの姿だった。 以前見かけた時と同じ様な細身のスーツを着て、銀縁の眼鏡を掛けている。 「あ、島田、俺もちょっと用がっ、また後でな!」 「はーい!」 栗崎は慌てて島田の元を離れ、トオルの後を追う。 視線の先のトオルは小さな嘆息を漏らし、エレベーターが降りてくるのを待っている。 (トオル……っ) しかし、駆けつけた栗崎の目前でトオルは開いたエレベーターの扉に吸い込まれた。 「くそっ……!」 栗崎は閉じられた扉の前で悪態を吐くと、そのエレベーターが最上階で停まるのを確認し、降りてきた隣のエレベーターに即座に乗り込んだ。 焦った指先で最上階のボタンを押す。 ゆっくりと動き出す箱の中で二階、三階…と現在位置を示す光が移り変わるのをじれったく見上げた。 (トオルっ……!) 『ポーン』 エレベーターがのんびりとした電子音を響かせその扉を開き始めると、栗崎は隙間から身をよじる様にしてフロアに降り立った。 すぐさま左右を見渡しながら廊下を駆け出す。 (どっちに行った?) 栗崎は何度も廊下の先を振り返りながら大股でナースステーションの角を曲がる。 すると、その廊下の最奥で病室の扉に手をかけるトオルの姿を見つけ出した。 トオルはゆっくりと扉を開き、中に入って行く。 「はあはあ……」 栗崎は肩で息をしながらその病室の前で立ち止まった。 (見舞い、か?そういえば花束を持ってたな……) 扉に掲げられているネームプレートを探す。 「!」 一瞬、栗崎は息を飲んだ。 そこには『波田野 剛史(つよし)』と書かれていた。 (理事長、入院してたのか) 思い返すと、この最上階は入院用の個室、それも特別仕様の高級な部屋のみが並んでいる階だった。 辺りは他の階よりも一際静かで、消毒薬の匂いさえなければ、設えはホテルと見紛うばかりだ。 その時、隣の病室から出てきたナースが栗崎を怪訝な顔つきで見やりながらも会釈をして通り過ぎていく。 栗崎も会釈を返しながら、自分がしている行動を冷静になって思い起こすと、たちまち羞恥に襲われた。

ともだちにシェアしよう!