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第8章

「おい、この前の実力テスト、またトップは園田だってよ?」 「うわっ、ほんとあいついけすかねーな!」 「女にモテるからか?」 「ちげーよ!あんなのただ面がいいだけだろ?性格は最悪」 オレは自分の悪口が囁かれている教室に、何の躊躇もなく入っていく。 その瞬間、噂話をしていた男子の集団が凍りついたように静まり返った。 つかつかとわざとそいつらに近寄っていく。 「な、なんだよ?」 その中の一人がいきがった声を上げる。 「文句があるなら、俺を抜いてから言えよ?万年二番さん」 「!」 オレの言葉に真っ赤になったそいつを放って、ゆっくりと歩いて自分の席に着く。 オレはクラスでも浮いていた。 それでも何の不都合も困惑もなかった。 十六の春。 県下でも有数の進学校に入学して、一年が過ぎようとしていた。 授業を受け、学校が終わるとまっすぐ家に帰る。 毎日ただその繰り返し。 終礼のチャイムが鳴るとオレはすぐさまカバンを提げ、下駄箱へと向かう。 「そ、園田君」 そんなオレの背中にか細い女の声が掛けられた。 「なに?」 声だけで返事をしながら、上履きを下駄箱に仕舞う。 「あ、あの……、」 そう言い淀んでいるのは黒髪を肩まで伸ばし、赤い縁取りの眼鏡を掛けた女子生徒。 (同じ学年、だっけ) それくらいの認識しかなかった。 「なに?オレもう帰るんだけど」 靴を履き替えると、イライラしながら女子生徒に向き直った。 「あ、えっと」 左右を見て周りに誰もいないことを確かめると、その女子はやっと口を開く。 「あの、園田君、今付き合ってる人、いるの?」 「いや?」 内心、溜息を吐いた。 「よ、よかったら、その…私と、と、友達からでいいから……」 「ウザっ」 オレは女子生徒の言葉を遮ると、カバンを持ち直して歩き出した。 その瞬間、背後で火のついたような泣き声が響きだす。 (マジでウザい……) つまらない同級生達。 退屈な授業。 あからさまな視線で見つめてくる女達。 平凡な日々の繰り返し。 何もかもが馬鹿馬鹿しかった。 何の目標もなく毎日の生活が倦んでいて、いつの間にかオレは、誰にも心を開かなくなっていた。 この高校に自ら行きたかったわけじゃない。 オレには父親がいなかった。 オレが生まれる直前、オレと母親を捨てて出ていった。 看護師の母は女手一つでオレを育ててくれた。 夜勤も積極的にこなし、家事にも手を抜かない。 立派な母親だと周りの人々は称賛した。 しかし母は自分を捨てた夫に、世間に、シングルマザーの自分自身に、引け目を感じていた。 その想いが俺には嫌という程伝わってくる。 「透はいつも一番で偉いわ。両親が揃ってる家庭の子よりずっと立派よ。母さんの自慢だもの」 世間から一目置かれているこの高校にオレが進学することは、母の希望だった。 私立であり、学費も相当なもののはずだが、母は何の苦労も厭わない様子だった。 入学式の日、制服を着たオレを連れて母は実家へと向かった。 親戚達から向けられる羨望の眼差しに、母は嬉しそうに目を細めながら、自慢気にオレの背に手を当てた。 (母親の面目躍如か) オレのためではなく、母自身のため。 その当時のオレは母が施してくれる全てが、そう感じられて仕方がなかった。

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