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8‐7
心の全てを曝け出し、秘めていた想いを洗いざらい打ち明ける。
しかし波田野は深く息を吐いた後、苦悶の表情で目を伏せ、呻くように言葉を吐いた。
「……しかし透君、私には……、どうすることもできないよ」
「……っ!」
波田野の拒絶はオレの心に分厚い帳を下ろした。
オレは一筋の光も届かない終焉の暗闇の中で一人きりになる。
胸に穿たれた真っ黒な穴からは鼓動の度に激痛が全身に広がっていくのを感じた。
その痛みに、まだ自分が辛うじて生きていることを知る。
「いや、だ……」
オレの口からはそんな言葉が小さく漏れ出ていた。
今耳にした現実を受け入れられないまま、オレは波田野の腕を引き、その視線を無理やり自分の方へと向けさせた。
そして目の前の驚いた様子の波田野の瞳を、首を傾げて覗き込む。
「一度でいいから、……波田野さん、オレを、抱いて」
「!」
波田野は言葉も出せずに目の前で凍りついた。
しかし我に返ると、眉根を寄せ、オレの思い詰めた視線を撥ね返すように顔を背けながら言葉を発した。
「そんなこと、できるはずがないだろう!」
「お願い!一回でいいんだ!それで思い出にする!明日からはちゃんと親子になる!波田野さんのこと、父さんって呼ぶからっ!」
オレの瞳からは次々と涙が零れ落ちる。
縋る様に波田野の腕を自分の方へと引き寄せ、両手でその冷たい右手を包み込む。
「思い出だけでいい!どうしても、波田野さんとの思い出が、欲しいんだ……!」
「だ、だめだ……っ、透君もちゃんとわかっているだろう?私は君のお母さんと結婚するんだよ?」
波田野は毅然とした態度で首を横に振る。
「嫌だ!オレはこのまま波田野さんと親子になんかなれない!」
このまま、こんな気持ちを抱えたまま、波田野と母と三人で何事もなかったかのように暮らしてなどいけるもんか。
「だったら、抱いてくれないんなら、オレはこの家から出ていく!もう二度と波田野さんとも、母さんにも会わない!オレは本気だよ?」
肩を震わせながら脅迫じみた言葉を吐いた。
「そんな、未成年の君が一人で生きていけるはずがないだろう?」
波田野がゆっくりとあやすような声をかける。
「じゃあ、死ぬ」
揺るぎない決意と共にオレはその言葉を口にした。
「オレ……、このまま生きてなんかいけないっ……、波田野さんが……波田野さんがっ」
(誰かのものになるなんてっ!あなたと親子になるなんてっ!)
後の言葉は嗚咽が込み上げ、口にはできなかった。
「な、何馬鹿なこと言ってるんだ!佳苗さんがどれだけ君のことを想っているか!そんなことをして悲しませるつもりかっ!」
波田野が驚愕と恐れの表情で叫んだ。その顔にオレは言葉を繋げる。
「だったら、母さんのためにもオレを抱いてくれよ!……お願い、オレを、波田野さんのものにして……っ!」
「……!」
オレは震える指先を波田野の頬に伸ばした。
波田野は眉間に皺をよせ、苦しそうに目を伏せながらもオレの指先を拒まなかった。
「波田野さん、好きだ……」
心を絞り出すように告げると、腰を浮かせ、波田野の顔に自分の顔を近づけた。
間近に迫る波田野の唇の前でオレは僅かに震える。
そして、顔を傾けると、ゆっくりと自らの唇を寄せていったーー。
波田野の柔らかな唇から痺れるような甘い電流が走り、全身が打ち抜かれた。
(ああ、きっと、この感触を、オレは一生忘れないーー)
次の瞬間には波田野の唇を貪っていた。
触れる全てを、匂いを、味を自らに刻みつける。
閉ざされた唇を無理やり割り、舌先に恐る恐る触れる。
「ん……っ」
その甘く濡れた感触にオレの口元から吐息が漏れる。
しだいに波田野の息も荒くなる。
波田野の舌が能動的に動き始めると、オレは上気した顔で息を継ぎ、一旦唇を離した。
そして波田野の頬を両手で挟みこんで上目遣いにその瞳を見つめる。
「波田野さんの、好きにして……」
波田野の中で何かが壊れる音が、聞こえた。
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