52 / 69

8‐8

覆い被さった波田野の熱い芯に貫かれ、オレはぐっと唇を噛みしめる。 「いっ……!」 「大丈夫?痛いか?」 不安げに見下ろす波田野の視線にオレは首を横に振る。 「痛く……ないっ」 本当は悲鳴を上げたいくらいに痛かった。額に脂汗が滲む。 でもその痛みが波田野の存在をオレの中に刻印するようで逆に喜びが溢れた。 男に抱かれることはもちろん、セックスの経験もキスすらも初めてだった。 全てを波田野に捧げる。 それがまたオレの幸せを増幅させる。 「……んっ」 そして、波田野の堪えたような呻きが漏れる度にオレの喜びはより刺激される。 オレの体に波田野が反応を示している。 オレでも波田野を満足させることができる。 「ああ、オレ、幸せだ……、波田野さんっ!あんっっ」 「くっ、透君、そんなに動いたら……んっ…」 眉を顰めた波田野に、オレは目の端から涙を零しながら笑みを浮かべる。 「もっと、もっと気持ちよくなって……!波田野さんっ!」 好きな人と体が繋がることがこんなにも幸せだとは知らなかった。 裂かれそうな痛みと共に波田野がオレの中に居る。 今、この世界で誰よりも波田野の近くに居るのはこのオレだ。 有り余るほどの幸福感にオレは身をよじらせた。 ……しかし、次の瞬間だった。 波田野の背を超えた先に、オレは凍てつく何かを発見した。 オレの視線の先には部屋の扉の隙間が見えた。 そこから、見えた。 それは、母の眼だった。 (!) 何の感情も読み取れないその二つの穴は、ただこちらを凝視していた。 『ドクン……ドクン……ドクン』 オレの心臓は怯えたように鼓動を速め、背筋に刺すような寒気を感じる。 (どうして……そんな……夜勤のはずじゃ……) 思考がふらつきながら頭を巡った。 一瞬の躊躇が過ぎる。 しかし、オレは腕を回して、波田野の背をギュッと抱き締めた。 「波田野さんっ……、好きだっ!」 躊躇はすぐに優越感に取って代わった。 オレは止めなかった。 それどころか、より激しく波田野を求めた。 「ああっ、波田野さん、んん、あっ……父さんっ!」 オレは母に聞かせるようにより高い声で啼き、揺れ動く腰を見せつけた。 (波田野さんはオレのものだ、オレだけの……!) 何度も何度も心の中で叫んだ。 波田野は背後の母の視線には気付かず、オレの声に合わせてさらに動きが荒々しくなった。 唇を吸う。 甘い唾液を飲み込む。 胸一杯に波田野の香りを吸い込む。 その甘美で重たい官能的な香りは、オレを退廃的な世界に誘った。 (波田野さんとなら、オレはどこまでも堕ちていける……) しばらくすると、母の眼はなくなっていた。 「……はあ、はあはあ」 波田野が達すると、オレは軋む体を横たえさせた。 こうして体を交えたことで、波田野に対して希望のようなものがオレの内に湧き興っていた。 オレは目の前ですぐさま服を整え出した波田野に声を掛ける。 「波田野さ……」 「透君、これでいいか」 「……?」 オレの言葉を遮り、波田野がネクタイを締めながら、冷たく吐き捨てるように言葉を発した。 「今日のことは忘れる。約束通り明日から、私と君は、ただの親子だ」 波田野はオレを見ようともせずに畳に置いていたジャケットを拾い上げた。 「波田野さん……?」 オレの掠れて戦慄いた声が波田野に縋りつく。 しかし、波田野は無言でジャケットを羽織ると、オレの部屋から出ていく。 「ま、待って!波田野さんっ!」 下腹部の痛みで立ち上がれないオレは、震える指先を這うように伸ばし、その姿を追い求める。 「いや……!待って!」 波田野はオレの泣き叫ぶような呼びかけにも振り返ることはない。 そして玄関の扉を開けると、オレの世界から、出ていった。 「波田野、さん……」 虚ろにその名を呼ぶオレの体に、耳が痛くなるほどの静寂とどこまでも続く深い闇とが、ひたひたと忍び込んでくる。 (全て、母さんのため、だったんだーー) 自分がそう望んだんだ。 それでもいい、そう言った。 それなのに。 「あ、ああああああああ……っ!」 一人取り残された部屋の中で、オレは声が嗄れるまで泣いた。 翌朝、母は電車に飛び込んだ。

ともだちにシェアしよう!