55 / 69

第9章

「では、皆さん、乾杯の前に支店長から報告があります」 師走は足早に過ぎていき、仕事納めの今日は南松岡支店の忘年会が催されている。 居酒屋のどこの席も宴会のようで、賑やかな喧騒が辺りを包む。 栗崎はふすま近くの座席に腰を下ろしていた。 柏木の挨拶に続いて前に出た支店長の早田は、改まって全員の顔を見渡した。 「今年一年本当にみんなよく頑張ってくれた。それで、報告なんだが」  早田はそこで一旦言葉を切り、小さく息を吐いた。 「南松岡支店は改装され、物流倉庫になることが決まった」 「えっ」 「はあ?」 「倉庫!?」 課員たちから次々に困惑の声が漏らされ、座敷は一時騒然となる。 「お、俺達どうなっちゃうんすか!?」 島田が怯えた表情で早田に声を上げる。 「おいおい、最後まで話を聞いてくれよ」 早田が苦笑いしながら火の点いてない煙草を指で弄ぶ。 「南松岡支店は北松岡支店と統合され、新生、松岡支店として隣の市に引っ越すことになった」 「うえええ!」 島田が馬鹿でかい声で驚く。 「新しい社屋だぞ!」 「マジっすか!栗崎主任、聞きましたか!?」 早田の言葉に島田が栗崎を振り返る。その顔に栗崎は小さく頷いた。 栗崎は事前に早田から話を聞いていた。 あれから波田野総合病院に正式に資材管理システムを導入することができたことで、事態は百八十度変わったのだ。 支店の閉鎖まで考えていた経営本部は新社屋を建てるという攻めに転じた。 はじめは北松岡支店に統合という話も出たのだが、波田野総合病院から離れてしまう懸念と、これからの売上を鑑みて中間地点に支店を設けることになった。 そしてそれぞれの旧社屋を物流の拠点として使用し、県内全域をカバーする。 もちろん、人員誰も欠けることはない。 「これも皆の努力のお陰だ。とりわけ波田野総合病院を担当してくれた栗崎と島田は本当にご苦労だった。しかし、本番はこれからだ。来年は新支店で頑張っていこう!では、乾杯!」 「乾杯!」 栗崎も手元のビールを持ち上げるとそれに口を付ける。 しかし、一口飲んだところですぐにグラスをテーブルに戻した。 「栗崎、本当によくやってくれた!」 隣にやってきた早田が威勢よくビールを飲み干す。 それに栗崎が酌をしながら「いえ」と応える。 「なんだ?もっと胸を張れ!社長表彰もあるかも知れないぞ?波田野の件とおまえの売り上げでこの南松岡支店は持ちこたえたようなものなんだからな。お、島田飲んでるか?」 早田は機嫌よく酔いが回り、課員達を饒舌に労った。 だが、栗崎の顔は陰鬱に沈んだままだった。 (とりあえず職は無くさずに済んだ、か……) 栗崎は心の内で独りごちた。

ともだちにシェアしよう!