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トオルのいない毎日は恐ろしい程ゆっくりと流れていった。 栗崎は何かに追い立てられていないとすぐに立ち止まりそうになる。 そして立ち止まった先に見える、喪失と共に歩く暗く長い未来が、怖くて仕方なかった。 (元に戻っただけじゃないか……) 自分自身に何度もそう言い聞かせたが、忘れようとすればするほど一度知ってしまったトオルの温もりは、一人になった栗崎を羽交い絞めにし、苦しめた。 栗崎は得意先などから誘われた忘年会には全て出席し、年末年始の休暇に入っても会社に出入りし一人仕事を続けた。 そして大晦日の夜、栗崎はやっと実家へと帰省した。 「諒一おじさん、おかえり!」 信太郎が玄関まで走って迎えに来る。 「信、まだ起きてたのか?」 「うん、だっておおみそかだもん!愛香はもうねてるけど!」 信太郎の後に続いて栗崎が居間に入ると、父と母、そして諒次、公香が炬燵を囲んで大晦日恒例のテレビ番組を見ていた。 信太郎は公香の隣に座る。愛香はその反対側で寝息を立てていた。 「遅かったわね。今年中には戻らないかと思ったわよ。お蕎麦食べる?」 言いながら、母が立ち上がる。 「ああ、ありがとう」 「お義兄さん、お帰りなさい」 そう声を掛けてきた公香の腕の中には小さな赤ちゃんが抱かれていた。 眠ってしまったようでおとなしく眼を瞑っている。 十月に三人目が産まれた報告を諒次から受けていたが、会うのは今日が初めてだった。 「お、この子が礼次郎(れいじろう)か。可愛いな……」 屈みこんで小さな頭を撫でると、栗崎はその息吹に圧倒されるような感覚に陥った。 どんなに科学が発達しようと、子を生すという行為は原始的で、人として、生き物として、根幹を支えるものだと痛感させられる。 みんなから祝福される新たな命を前にすると、自分自身が如何にちっぽけな存在であるか、胸に迫る痛みと切なさとで思い知る。 こうして炬燵を囲んでいる『正常な』家族というものは、これまでの栗崎の日々をどこまでもくだらないものに見せた。 栗崎は溜息を吐きながら立ち上がると、コートを脱いでネクタイを緩めた。 「なんだ、兄さん、今日も仕事してきたのか?」 諒次が栗崎のスーツ姿を眺めながら呆れたように言った。 「ああ。色々忙しくて」 炬燵の端に力なく腰を下ろした栗崎の前に蕎麦が差し出される。 これが今日初めての食事だった。 最近は自炊どころか食事をするのも面倒になっていた。 「なあ、兄さん、少し痩せたんじゃないか?仕事もいいけど、もう少しプライベートも充実させろよ?子供はいいぞ?」 蕎麦をすすり始めた栗崎に諒次が顔を寄せる。 「そういえば、兄さんに見合いの話があるんだ。俺の会社の上司の知り合いなんだけど、三十歳で美人らしいぜ?一回会うだけでも会ってみろよ?」 「うん」 「いや、会うだけだから」 「だから、うんって」 「ええええっ!」 「何大声出してるんだ?」 栗崎は箸を止め、怪訝な顔で隣の諒次を見やった。 「だ、だって、兄さんがあんまりにも簡単に頷くから!」 諒次は焦った顔で言うと、父と母の方を振り仰いだ。 「に、兄さんが見合いするって!」 栗崎は家族の喧騒を聞きながら、ひとり、蕎麦を食べ続ける。 (女と結婚して子供をもうける。それが人として自然な姿じゃないか) 心の中で呟きながら、鳴り始めた除夜の鐘に耳を澄ませた。

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