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―――― 早田が記帳している間にも、栗崎は会場中を見渡し、トオルの姿を探した。 受付や関係者席には見つからず、落ち着かない気持ちで祭壇へと向かう。 立派な祭壇は大量の白い菊や百合の花で大きな鳥が翼を広げた形に飾り付けてあった。 正面には理事長の笑顔の写真が掲げられている。 この笑顔が自分に向けられる日をトオルはどれだけ待ち望んでいたのだろうか。 そう考えると栗崎の胸は潰れそうになる。 栗崎と早田は焼香を済ませると、脇の喪主や親戚が並ぶ席に挨拶をした。 もちろんここにトオルはいない。 トオルがいくら『父さん』と呼んでも、理事長との間に血縁関係はないのだ。 栗崎はその事実を改めて思い起こす。 「栗崎、始まる前に一服いいか?」 「あ、はい」 栗崎は早田に続いてロビー一角の喫煙コーナーへと足を運んだ。 そこでは数人の喪服姿の男達が紫煙を燻らせていた。 (通夜が始まるまでには、いくらなんでも来るだろう) 栗崎がそう考えた時、早田が会釈するのに気づいて、自分もつられて頭を下げた。 その相手は丸菱製薬の中年のMRとライバル会社ヒノメディックの課長だった。 向こうもこちらへ軽く頭を下げると、また会話へと戻っていく。 栗崎は早田の隣で煙草を吸う代わりに缶コーヒーを飲んでいた。 「まだ五十七だったって?」 「ええ、しかもガンが見つかって数カ月で亡くなったらしいですよ」 栗崎の所まで二人の会話が聞こえてくる。 「うへー、医者がそこまで気付けないなんてこと、あんのかね?まあ、あの理事長、また新たに養護施設を作る予定だったらしくて飛び回ってたからなあ。自分の健康より金儲けに走って、このざまかよ」 ヒノメディックの課長が鼻から煙を出しながら、可笑しそうに肩を揺すった。 「……っ」 栗崎は無意識のうちにコーヒー缶を握り締める。 「まあ、そのお陰で内部の人事に甘くなって、おたくは薬局長と仲良くなれたんでしょ?」 丸菱のMRがほくそ笑む。 「ああ、そうだな」 ヒノメディックの課長は栗崎達の方をちらりと覗いたあと、また話を続ける。 「しかし喪主は会社員の弟さんか……。次期理事長は外科部長の吉塚先生が有力だろうな。何せ理事長は独身で子供もいなかったし。こうして必死に築いたものもあっけなく他人の手に渡るなんて、可哀想なこったな」 「あ、私、吉塚先生に挨拶してきますわ」 「よし、俺も」 二人は煙草を揉み消すと、すぐさま喫煙コーナーから出て行った。 (くそっ、何も知らないで……!) 「よく、我慢したな」 去っていく二人の背中を栗崎が睨みつけていると、肩に手が置かれた。 「え?」 驚いて振り返ると、早田が苦笑いの表情で栗崎の手元を見ている。 その手の中ではコーヒーの缶がふたつに折れそうなくらいに凹んでいた。

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