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栗崎は男の手からトオルのぐったりとした体を奪い、腕の中に抱き締める。 その全身は目を背けたくなるほど痛めつけられていた。 「…リョ、リョウイチ? 本物……?」 血の滲んだ唇から荒い絶え絶えの息を吐きながら、トオルは虚ろな瞳で栗崎の顔を見上げた。 栗崎は男達をキッと睨み上げる。 「大勢で一人をこんな風に殴って、恥ずかしくないのか!」  すると、男達のリーダーと思しきスキンヘッドの男が栗崎の胸倉を掴み上げ、ヤニ臭い息がかかるほど顔を近づけてきた。  その眼光は鋭く、すぐに堅気の人間ではないことが窺い知れる。 「おいおい、お兄さんよ、何か勘違いしてねぇか?その坊やが先に俺達に喧嘩を吹っ掛けてきたんだぜ?」 「!」 栗崎が驚いてトオルの顔を見下ろす。 「そうだよ、リョウイチ…、だから、放っといて……」 その顔は笑みを作ろうとしたが、痛みですぐに口元を歪ませる。 「わかっただろ?だったらそいつをこっちに寄越せ」  スキンヘッドの男は低い声で凄みをかけながら、栗崎の腕の中のトオルに手を伸ばす。 しかし栗崎はその手を払いのけた。 「渡すか」 刹那、男の顔が気色ばんだ。周りの男達も一斉に殺気立つ。 「なんだ? じゃあ、おまえがこの坊やの代わりに殴られてくれんのか? 俺はまだまだ気が済んでねえぜっ……」 言い終わるか終わらないかのうちに、男の足が空に上がり、栗崎の肩を蹴りつけた。 「……っ!」 栗崎はトオルを腕の中に庇いながら、後方の壁にしたたかに背を打ち付け、呻きを上げる。 「リョウイチっ」 トオルが目を瞠り、胸元から栗崎の名を叫んだ。 それを見ていた後方のチンピラ風の若い男も道の脇に唾を吐きながら、栗崎に近寄る。 そして栗崎の前髪を掴むと、強引に顔を上げさせた。 「っ!」 「じゃあ俺はどっちを殴らせてもらおうかな?」 狂気に満ちた目が栗崎とトオルを交互に見下ろす。 「俺を殴れ、もうこいつには手を出すな!」 栗崎は痛みに耐えながらも、男の顔を正面から毅然と見据えた。 「だめだっ、リョウイチ!」 腕の中のトオルがもがいて出ようとする。 栗崎はそんなトオルを腕の中に押し込んだ。 すると男はにやにやしながら前髪を掴む手により力を込め、栗崎の顔を覗き込んだ。 「へえ。男の代わりに殴られるなんて、いい趣味してんなぁ」 男はククッと肩を揺らしながら、卑猥な笑みを見せる。 「随分とイイ男のくせに、もしかしておまえたち、できてんの?」 「!」 栗崎は目の前の男を睨みつけ、音が鳴るほど歯を食い縛った。 すると、スキンヘッドの男ももう一度近づいて来て、栗崎の顔を興味深げにじろじろと眺め回す。 その時、後方から別の男の甲高い声が放たれた。 「あ、思い出した!この喧嘩吹っ掛けてきた若い男、俺、前にこの先のゲイバーに入ってくの見たことあるぜ」 「マジかよ?」 栗崎の髪を掴んでいたチンピラ風の男は、汚れたものを触ったかのようにその手を思い切り突き離した。

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