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「くっ」 栗崎の背中がまた思い切り壁にぶつかる。 「こいつら本物のホモかよ?」 「やべっ」 男達は口々に嘲笑いながら、栗崎達を遠巻きに罵倒し始める。 栗崎はグッと拳を握り締めた。 そして男達に向かって顔を上げると大声で叫んだ。 「そうだ!それの何が悪い!」 一瞬の沈黙の後、男達はドッと笑い出した。 「うっわ!マジだよ、こいつら」 「気色悪っ」 「かんべんしてくれよ?」 そして、スキンヘッドの男が他の男達に声を上げる。 「おい、こいつらボコボコにしちまおうぜ?」 男達が間合いを詰め、拳を振り上げる。 「くそっ!」 栗崎はトオルを庇いながらも男達に向かって立ち上がろうとする。 「リョウイチ、やめてっ!」 トオルが叫びながら栗崎のコートの襟元を掴んだ時だった。 「警察だ!」 路地の先の通りから大声が響いた。 瞬時に男達に動揺が走る。 「畜生っ! 俺、今日捕まるとやべぇもん持ってっからよ」 「くそっ、面白くなってきたのにな」 男達は口々に悪態を吐きながらも栗崎達を一瞥し、足早に去っていく。 栗崎はその後ろ姿を睨みつけたまま、最後の一人が路地から出ていくまでを見届けた。 しかし、その間も警察はやって来ない。 通行人の誰かが機転をきかせて叫んでくれただけなのだろうか。 ビルとビルの間の奈落のような薄暗い路地に二人きりになると、栗崎はやっと腕の中のトオルに目を向けた。 トオルは栗崎の胸に顔を埋め、肩を震わせて泣いていた。 「トオル、大丈夫か!?」 栗崎が慌ててその頭に手を添える。 「リョウイチ、ごめん、ごめん……!オレのせいでリョウイチまで……ごめんね……っ」 トオルは悲嘆に暮れた声で何度も何度も謝った。 栗崎のコートを握り締めて泣き続けるトオルは、まるで小さな子供のようだった。 「トオルが謝ることなんて何もない」 栗崎はトオルの汗ばんだ髪を優しく梳いた。 「……オレ、痛かったんだ。父さんが死んで、すごく痛くて痛くて堪らなくて、」 トオルが自分の胸に震える手を当てる。 「……いつもはこんな時、誰か男を探してた。でも、もうオレ、リョウイチ以外の男とはヤらないって決めてたからっ」 トオルは息を乱しながら肩を上下させ、嗚咽混じりの言葉を繋ぐ。 「オ、オレ、もっと痛かったら、うっ、忘れられるかと、思って……」 「だから、あいつらに殴らせたのか?」 「うん…っ」 栗崎は軽い目眩を感じたかのように一瞬目を眇め、トオルの肩を揺する。 「馬鹿っ。どうして俺のとこに来ないんだ!」 「そんなこと、できないよっ。リョウイチはオレのこと、もう……」 病院の屋上で、栗崎はトオルに背を向けた。 トオルはやはり栗崎の決意に気づいていたのだ。 「トオル……、俺はおまえから離れるんじゃなかった。馬鹿なのは俺だ……」 栗崎はトオルの口元に滲んだ血を親指の腹で拭ってやる。 「……っ」 トオルが痛そうに呻きを上げた。 「大丈夫か?病院に行こう?」 「ううん」 トオルは小さく頭を横に振ると、懇願するような瞳で栗崎を見上げ、腕にしがみ付いてきた。 「リョウイチの、傍に居たい。傍に居てもいい?」 「もちろんだ」 栗崎は力強く答えるとトオルを横抱きに抱え上げた。 冷え切った夜空からは小さな雪が舞い降り始めている。 栗崎は周囲の人々が好奇の視線を寄せるのも厭わず通りへ歩きだすと、タクシーを呼び止め、自宅マンションへと向かわせた。

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