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「っ」
トオルが言葉を飲み込み、目を瞠る。
栗崎は柔らかな笑みを浮かべた。
「これからおまえは、ただ俺だけを愛すればいい。俺はおまえの全てを受け入れる」
「!」
途端にトオルの瞳がまた湿度を増し、一気に潤んだ。
「リョウイチ……」
そして、微かに開いた口元から、願いを零した。
「キス……してもいい? オレ、リョウイチに、キスしたい」
栗崎が慈しむような声で返事をする。
「ああ」
栗崎の頬に微かに震える指先が添えられた。
トオルはゆっくりと目蓋を閉じながら顔を近づけてくると、栗崎の唇の端に自身の温かな唇を触れさせた。
トオル自らが与えてくれる柔らかなその感触に、栗崎の胸は幸福で満たされていく。
そしてトオルは、重ね合わせた隙間から堪え切れないように声を漏らした。
「好きだ……リョウイチ、好きだ…っ!」
切ない声音で伝えられたその想いは、栗崎の心にある想いと混じり合い、一つになっていく。
「俺もだ、好きだ、トオル!」
栗崎がトオルの顎を掴んで唇を開かせ、交わる角度を深くする。
トオルの口内を愛おしむように舌先で触れていく。
「ん……っ」
栗崎がトオルの甘い唾液を飲み込むと、二人はやっと唇を離し、額を寄せ、見つめ合った。
「もうすぐ、夜が明ける」
栗崎が囁いた。
「今日はもう眠るんだ。俺はどこにも行かない。だから、おまえは何も考えずに体を休めろ。そして明日は理事長の葬儀に出るんだ。いいな?」
「うん……」
トオルは安心したように深く呼吸をすると、ベッドに横になり、栗崎の腕の中で目を閉じた。
「ずっと、ずっと俺がそばにいるから」
栗崎はトオルが眠りに落ちるまで、その背中を撫で続けた。
凍てつくような北風が吹き荒び、窓ガラスをカタカタと鳴らしている。
しかし、トオルと眠るベッドの中は温かく、栗崎はそんな冷たい世界がこの世にあることすら、もう忘れてしまいそうだった。
――――
『ピンポーン、ピンポーン』
けたたましい呼び鈴の音で栗崎は目を覚ました。
時計を見ると、十時前だ。
腕の中のトオルはまだぐっすりと眠っている。
理事長の葬儀は十三時からだからまだ大丈夫だ、と考えながら、トオルを起こさないようにそっとベッドから起き上がり、寝室を出る。
(こんな朝から一体誰だ…)
栗崎は億劫そうに玄関へと歩いていく。
『ピンポーン』
「はい……、ああ、おまえか」
栗崎が扉を開けると、そこに立っていたのは弟の諒次だった。
「あ、まだ寝てた? 土曜だもんな」
悪びれもせずにそう言うと、ずかずかと玄関に入ってくる。
「こっちの雪ひどいな! この近くの現場で仕事だったんだけど、中止になったよ」
言いながら諒次は肩の雪を払う。
「そうか、上がれよ。コーヒーでも飲むか?」
「いや、ついでにこれ渡しに来ただけだから。はい」
諒次は手に持っていた赤いアルバムを栗崎に手渡す。
「なんだ、これは」
「なんだ、って、見合い写真だよ! 兄さんが見合いするって言っただろ? 善は急げってさ」
「!」
栗崎は思わず言葉に詰まる。
(そういえば、すっかり忘れていた……)
「今はさ、かしこまった写真じゃなくてスナップ写真なんだと。何枚か入ってるからゆっくり見とけよ。兄さんの分は実家にあるやつから俺がいくつか見繕って渡しておいたから」
諒次が満足げに頷く。
「諒次、悪いが……」
すっかり乗り気の諒次に、栗崎は申し訳なさそうにアルバムを返そうとする。
しかし、諒次は栗崎のそんな様子に全く気づきもせず話を続ける。
「いやあ、俺、先に見せてもらったけど、噂以上の美人だぞ? 兄さんもきっと気に入るよ」
「おい、諒次……」
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