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(そうだ、理事長の葬儀には、出るだろうか……) 栗崎はそう考え、よろよろとまた歩き出す。 その時、コートのポケットの中の携帯電話が震えた。 栗崎は息を整えながらも鬱陶しそうにそれを取り出す。 「!」 着信画面には『トオル』とあった。 栗崎はすぐさま電話を耳に押し当てる。 「トオルっ! どこにいるっ!」 『リョウイチ……』 弱々しい声が栗崎の耳に届く。 「どうして居なくなるんだ! 見合いはもう断った! 俺のことが信じられないのかっ!」 栗崎は思わず大きな声を出してしまう。 『違うんだ、リョウイチ……。オレ、リョウイチには幸せになって欲しいんだ……』 その声音からきっと微かな笑みを浮かべているだろうその顔を思い浮かべて、胸が締め付けられた。 「俺は、おまえと居ることが幸せだ」 栗崎は言い含めるようにトオルに話しかける。 『ううん。オレじゃだめなんだよ。見合い、断っちゃだめだ。リョウイチならまだ間に合うよ。オレのせいで……、リョウイチは男を知らなかったのに、オレのせいで、リョウイチを引き摺り込んだ」 「違う、俺が自分で……」 『だって、オレはまたっ』 トオルの痛々しい叫びが栗崎の声を遮る。 『幸せになるはずの男女の仲を……、オレはまた裂こうとしてるんだよ!』 栗崎と見合い相手を、理事長と母親に重ね合わせているのだろうか。 「トオル!」 栗崎は離れていこうとするトオルに、手が届かないもどかしさで気が狂いそうになる。 『それに、もうリョウイチをあんな目に合わせたくない。ホモだって、後ろ指差される人生を送って欲しくなんかないっ』 栗崎は路地で絡んできた男達の蔑んだ視線を思い出す。 「そんなのどうだっていい。俺は世間に何て言われようと構わない」 栗崎は苦しさに喘ぐように顔を上げ、同じ空の下に居るトオルに話しかけた。 「トオル、どこにいるんだ? どうしてわかってくれない?」 その時、トオルの背後、電話の向こうで何かが聞こえる。 『牧…島行き連絡船、まもな……出港いたし……す』 空を見上げたままの栗崎の顔に雪の粒が落ちては消える。 <オレ、海に降る雪って実際に見たことないかも……。いつか一緒に見れたらいいな> いつかのトオルの声が蘇る。 「トオル……っ! そこにいろ! いいか、絶対にそこにいろっ!」 栗崎はそう叫んで電話を切ると、また走り出した。 通りに出て強引にタクシーを停める。 開きかけたドアから後部座席に滑り込む。 「どこまで?」 気だるそうに聞いた運転手に「伯方埠頭」、栗崎はそう答えていた。

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