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栗崎は運転手に金を払うと、タクシーを飛び降りた。
伯方埠頭は貨物の積み下ろしがなされる港湾部分とは別に、離島への連絡船が出るフェリー乗り場がある。
その乗り場の外れには綺麗に整備された岸辺があり、いつもならフェリーの乗客や観光客などで賑わっているのだが、雪が降り、厳しい海風が吹き付ける今日は誰もいない。
一面の雪で白いテーブルクロスに覆われたかのようなその岸辺に、一列の足跡だけが海に向かって続いていた。
栗崎は波の音を聞きながら、雪に残ったその足跡を踏み締めるように歩いて、波打ち際に立つ人物の隣に並び立った。
「もう、どこへも行くな」
栗崎は海を見たまま、隣のトオルに告げた。
青鈍色の海は小さな波頭を作って岸に押し寄せていた。
大型の貨物船やコンテナ、背の高いクレーンなどがその遠景に見える。
灰色の空からは白い綿のような雪が音もなく降り、海に落ちては、波間に溶けて消えていく。
「リョウイチ……っ」
トオルも海を見たまま栗崎の名を小さく叫ぶと、俯いて涙を流した。
「おまえは何も心配するな。俺の人生は俺が決める」
雪の中を海鳥が飛び立っていく。
栗崎はトオルの肩に手を伸ばし、抱き寄せた。
「寒くないか?」
「……うん」
頬の涙を拭ったトオルが、栗崎の肩に頭をもたせかける。
「リョウイチがいるから、寒くない」
栗崎はトオルの頭に頬をすり寄せた。
「俺も、トオルがいるから寒くない」
栗崎とトオルはお互いの温もりを感じながら、海に降る雪を見つめ続ける。
雪は世界の全てをまっ白に染め上げ、無に戻していく。
そして、来るべき温かな春を呼び覚ます。
出港したばかりの小型の連絡船が白い飛沫を上げながら、雪を、海を掻き分けて、二人の目の前を進んで、そして、見えなくなっていった。
***終わり
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