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番外編②「秋空とトオルの心」

「いい天気だね」 秋晴れの爽やかな空気の中、トオルが笑みを零しながら栗崎を振り仰ぐ。 「ああ」 栗崎も空を見上げて頷いた。 急かすように先を歩くトオルは、ニット帽をかぶり、グレーのパーカーの上に紺色のジャケット、足元はジーンズというラフな格好だった。 その抜けた感じが、トオルの冷たくさえ感じられる美しい貌に隙と幼さを与え、近寄りがたい雰囲気を和らげていた。 「リョウイチ、ここだよ!」 そう言って指差した先は、トオルが以前から行きたがっていたセレクトショップだった。 通りに面したショウウインドウには、センスのよい衣装を身に着けたマネキンがディスプレイされている。 中に入ると、服はもちろんバッグなどの小物類、スーツやネクタイまでもあり、すでに冬物も陳列されていた。 「これ、こんな色がリョウイチには似合うと思うんだ!」 トオルが言いながら駆け寄ってくると、栗崎の胸の前にネクタイを添えて、一緒に鏡を覗き込む。 栗崎はてっきり、トオルが何か欲しいものがあって、この店に来たがっていたのだと思っていた。 しかしトオルは自分の買い物はそこそこに、あれこれと栗崎に服をあてがっていく。 トオルが手にしているのは濃紺の地に黄色とグレーの色が入ったレジメンタルタイだった。 「派手、なんじゃないか……?」 栗崎が困惑の眼差しをトオルに向ける。 「いや、絶対これくらいの明るい色がリョウイチには似合うって!」 トオルに力説されていると、若い女性スタッフがやってきた。 「とてもお似合いですよ? 弟さんのセンスは抜群ですね」 そう言って、栗崎に微笑みかける。 「でも、こちらはどうですか?」 女性スタッフは棚から新たなネクタイを持ってくると、栗崎の眼前に回り込んできた。 「シルクですから上品な光沢があるので、お顔にとても映えますし。ほら、こういう結び方をしてもいいですし。これならクレリックシャツでも合いますよ」 「……は、はあ、なるほど」 鏡の中から満面の笑顔で見つめられ、栗崎はその顔に思わず頷き返す。 「……オレ、弟じゃありません」 その時突然、トオルが栗崎とスタッフの間に割って入ってきた。 「ト、トオル?」 驚いてその横顔を見る。 スタッフに向けられたトオルの眼差しは冷たく、声には棘があった。 「え、失礼しました。では、お友達……?」 女性スタッフが焦った顔で言葉を探す。 「友達でもありません」 トオルが心底冷えた声で言い放つ。 「どうしたんだ、トオル?」 「だって……」 急に不機嫌になったトオルに不思議に思って訊ねると、トオルが悔しそうに視線を落として項垂れた。 「ええっと、」 女性スタッフは困惑の視線で栗崎とトオルを交互に見ている。

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