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第5話

「あ、リカルド。ここにいたのか、マリアが呼んでるよ」  急ぎ足でやって来たのはアランだ。 「マリア?」 「ミケーレの妹だ。体が弱くて」  病弱な彼女はリカルドにとって手のかかる妹のような存在だ。でも今日はどうしようかと思案したら「後が面倒だから行った方がいいぞ」と重ねて言われた。 「アラン、アキトを頼む」 「はいはい。マリアとごゆっくり」  アランは含み笑いをし、リカルドは黙ってアキトにキスをしてから踵を返した。 「アキト、久しぶりだね」  船上パーティで会って挨拶はしていた。 「ああ」  アランはアキトをひと気のないほうへ誘う。シャンパングラスを片手に木にもたれたアランは値踏みする目つきでアキトを眺めた。 「注目の的だね」 「そう?」 「リカルドが追いかけるなんて初めてだからみんな驚いてるよ」 「へえ」  アランはムッとした顔を隠さない。 「どんな魔法を使ったんだ?」 「んー。餌付けに成功したかな?」 「シェフだっけ? どんな料理で?」 「アブラッチで」  どこにでもある菓子だ。 「なるほど」  バカにされたのがわかったのか侮蔑の響きがあった。  アキトは澄ました顔でグラスを空ける。  くそガキにどう思われようが痛くも痒くもない。 「庶民が珍しくて相手にしてるわけか」 「そうかもね」  挑発に乗って来ないアキトにアランは焦れた。 「他にも庶民の技があるのか?」 「例えば?」 「ベッドの中で、とか?」  めんどくさい奴だな。  アキトは切れ長の黒目を煌めかせて艶然と微笑んだ。近寄って体を密着させると靴を踏みつけ、アランの耳元に声を落とした。 「そりゃあるに決まってるだろ?」  ついでに卑猥な手つきで股間を撫でてやる。  絶妙な力加減で握られて、アランはあわてて腕を突っ張ったが、アキトの力のほうが強かった。  料理人の腕力なめんな。

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