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② 彼の話
こだわりなのか、ヒマだからなのか。いやどちらも、なのかもしれないけど。
『鉄道写真家』なんて呼ばれるようになって10年ほどが経った。アマチュアのころからどんなにアクセスが悪い場所でも、車ではなく必ずその鉄道に乗って現場まで行き写真を撮るようにしている。願わくばその列車の佇まいまで写真に表現することができたなら、なんて高慢ちきな想いを携えて。
9時30分深浦駅発弘前行きの車内は閑散としていて、いつものように運転席が見える先頭車両に向かった。やんちゃ盛りの姉弟と両親の家族連れ、穏やかな空気を纏った老夫婦、そして一番先頭の席には窓の外を眺める彼の姿があった。
年季の入った大きな登山用のザックを足もとに置いているとはいえ彼は色白で華奢で、山男にはとても見えなかった。膝の上にはポケット時刻表。このご時世にわざわざ時刻表を買うってことは、俺と同じ趣味のカテゴリに属してるんじゃないかな。そんなふうに思って、景色を満足げに眺める彼に思わず声をかけた。
「すみません」
「はい」
「きみも写真に入れていいですか?」
振り返った表情が想像以上に楽しそうだったから返事も聞かずにシャッターを切った。
「ありがとう」
「まだ返事してないですよ」
クスっと笑いながら小首をかしげる。彼の姿は頭の奥そこまでストンと入ってきて。
隣に座ると会話が洪水のようにあふれてきた。好きな車体、いつも乗る路線、初めて乗った電車、おもちゃの新幹線、発車ベルの音、車掌の名調子、鉄道博物館のこと。そんななかで少し咳き込むと『あめちゃんありますよ』と差し出されたキャンディーは自分がいつも食べているものと同じで。
運命なんてものは今まで信じたことないし信じるつもりもない。でも彼のことをずっとずっとずっと前から知っているような気がしたのは本当だ。
「…江ノ島…サトル?」
「うん。江ノ電と同じとか素敵だろ?」
「江ノ島サトルさん! 知ってます! うわー」
弘前駅で降りた時に手渡した名刺を見て、いきなり大きな声を出す。
「僕、あなたの写真集、ぜーんぶ持ってます!」
「え、本当に?」
「もちろん! SNSもいつもチェックして…うわー、どうしよう! ペンペン! サインサイン」
まるで憧れの選手に会った野球少年のように飛び跳ねんばかりにはしゃぐ。俺は照れくさくてしーっと唇の前に指を立てた。
「じゃあ、俺はここの宿に荷物置いてから出るから、元気でね。楽しい旅を」
今日の宿にチェックインするために駅舎を出ようとすると、「あの、」
「なに?」
「その、よかったらシャワー貸して頂けませんか? 夕べ入り損ねて」
「ああ、どうぞ」
実を言うと、この時はなにも深く考えていなかった。なにも。ただバックパッカーのような彼に快適なバスルームを使わせるくらいの親近感は持っていたけど。本当はこの時に気づくべきだったのかもしれない。ゲイだとカミングアウトしているSNSを知っているのだから。
必要な機材だけを持つ準備をしていると着替えを済ませた彼がバスルームから出てきた。
「じゃあ、途中まで一緒に行こうか」
「いやです」
「え?」
「だって、ここでこのまま別れたらもう二度と会えない」
「だから途中まで一緒に」
「いやです」
「関西に行くときは連絡するよ。時間があえばメシでも」
「違うんです」
そういうと背伸びして唇を合わせてきた。唐突に。俺は所在無げに迷う舌を押し戻し慌てて顎を離した。
「同意なしにこういうことしない」
「僕、知ってます。江ノ島さん、ゲイなんですよね?」
「…だからって誰でもウエルカムってことはないし、ましてや初対面のコドモに手を出すほど困ってもないよ」
紛うことなくこれは本音。いくら相手は自分を知っているとはいえ、20も年下の学生にホイホイ釣られるほど堪ってるわけじゃない。
「さっきから、ずっとそういう目で見てました。江ノ島さんとシてみたいです」
「あんなキスしかできないくせに?」
「じゃあ、大人のキス、教えてください」
顔に似合わずガンコなガキだと、大袈裟にため息をついた。しょうがないから少しだけ付き合ってやるか。渇いた唇をこじあけ、柔らかい舌を追いかけて吸い上げてやる。息を止めたままにするから、鼻をつまみ酸素を奪う。後頭部を捕まえ歯列の裏をなぞり、お互いの唾液が交わり糸を引くころには、彼はすっかり息があがっていた。
「はあぁ」
「…これが大人のキス」
「…すごく、気持ちいいです」
「これくらいできるようになってから誘ってくれたら歓迎するけどね」
「江ノ島さん、おっきく、なってますけど?」
「まあ、そりゃそれぐらいは、て、おーい」
しゃがみこむと俺の反応を喜んで服の上から口を寄せる。その上目づかいに心ならずも動揺する。
「悪戯が過ぎる。これくらいで諦めてくれると助かるんだけど」
「本当に嫌だと思ってますか?」
「悪ガキめ」
「じゃあお仕置きしてください」
言ってくれる。オトナをからかうとはいい度胸だ。
「お仕置きするにはまだまだ足りないけど?」
少し驚いた顔をしてから彼はベルトに手をかけた。ファスナーを下ろし其れを取り出すと口に含んだ。「…っ」
耳まで赤くして舌先でちろちろと啜る。ぎこちなく動く口内の柔い刺激に根元がじんじんと疼きだす。「わかった。わかった」
結局、絆されたのかと言われると返す言葉もない。次の列車の時間まで1時間以上あったのも理由のひとつだ。でも初対面で感じたものを信じてみるのも悪くない、なんて頭のなかで自分に言い訳をしながら乱暴に服を剥き、まだ柔らかさを残す彼の其れを緩く扱きながら耳元で囁いた。
「後ろ、いじったことある?」
「ないです」
「ちょっと力抜いてみて」
ベッドに仰向けに転がし、足を開かせて蕾に唇でそっと触れた。舌で刺激しながらゆっくりと前を扱いているとすこしずつ蕾が解れていく。「サトルさん、恥ずかしい」
臆せずまっすぐに距離を詰めてくる。さっきまで江ノ島さん、て呼んでたくせに。でも恥ずかしいと言いながら足を開いていく姿が初々しくて汚したい衝動に駆られる。
「恥ずかしい? 誰も見てないよ。気持ちいい?」
「すごく、や、気持ちいいです」
「そう、よかった。痛かったら我慢しないで、言っていいから」
「善くて、これじゃあお仕置きにならない」
「どうかな」
少しだけ柔らかくなったそこに人差し指をゆっくり差し入れていくと、第一関節まで入ったところで前がぐんと硬さを増した。
「ホントはいじってるんでしょ」
「…ないです」
「そうかな。すごく反応がいいけど」
「さっき、シャワーで」
「さっき?」
「初めて、少しだけ触ってみました。サトルさんに触ってもらうのが楽しみで」
言いながら羞恥に肘で顔を隠すさまに煽られる。白い肌にぷっくりと浮かび上がった薄紅色のふたつの突起が艶めかしくて、全身を味わい尽くしたい気持ちが湧き上がる。
「きれいな身体だ」
先走りを指先に絡めるとなかからどんどん零れてくる。そのたび蕾もきゅっと反応するから自分も抑えられなくなってきて。
中指も一緒に差し入れた。第二関節まで進むと善い所にあたったようで
「あ、やあん」
かわいい声が出て前からいやらしいしるしがびゅんと飛び出した。
「やあああ、あ」
ぴくぴくと動く其れを扱きながら後ろも奥へと侵入する。薬指もすんなり受け入れたのを確認して全部一気に抜きだした。
「サトルさん。気持ち、いい、です」
「そう、ゆっくりするから」
なんていいながら実は自分も限界で。彼のしるしを自分の其れに塗り付けて蕾にぐいと侵入した。「あぁ、んんん」
強い締め付けで押し出そうとする圧が抜けるように、前を優しく扱いた。なるべく辛くならないようにうつぶせにする。じわじわとゆっくり解れていく後ろをなるべく傷つけないように。少しずつ奥まで侵入する。
「サ、トル、さん」
渇いた声でつぶやく。
「なに?」
「これが、男同士のセックス、なんですか?」
息を切らせて振り向いた顔。汗ばんだ額、潤んだ瞳、上気した頬、濡れた唇。その表情はさっきまでの少年みたいな彼とはまるで別人のようにエロティックで。
「そう、でも本当にイイのはこれから」
「僕、気持ちよくて、ヘンになりそうです」
自分の其れを強く締め付ける圧に背筋を電流が走る。喉から思わず声が漏れ、隠すように彼の首筋に吸い付いた。
そのままゆっくりと抜き差しを繰り返した。「あ、あ、ああ」
シーツを掴む右手、ピストンに合わせて漏れ出す彼の甘い声に堪えきれず、腰を掴まえて激しく打ちつけた。ひくひくと迎える入口はもうなんの抵抗もなく己を受け入れて内側できゅうと締め付ける。この上なく甘美な刺激に限界が近づいて、抜こうとした瞬間に彼の先からも同じタイミングでしるしが飛びだして、相性の良さにめまいがする。「やあ、ああああん」
そろそろ準備しないと、14時51分を逃すとまた明日になってしまう。余韻に浸る余裕はなく着替えはじめた俺に駄々を捏ねる。
「もっとシたいです」
「だめだ」
「ねえ」
「俺はまだ今日のうちに行きたいところがあるし、きみは」
「拓海です」
「タクミ、くんは初めてだろ? これ以上続けて腰が立たなくなったら困る、それに、」
「それに?」
「お仕置きする、って言っただろ?」
「もう」
ぷうとむくれる頬はぴんと張り、もう自分にはない若さが眩しくて。
「でも。そういうとこ、好き、です」
「聞き分けのイイ子は好きだよ。それで、さっきの写真を送りたいんだけど、連絡先、訊いてもいいのかな?」
アイフォンを手渡すと彼は素早く連絡先を打ち込んで、電話番号をダイヤルする。プルルと一回だけのコール音。自分の画面に番号が出るのを確かめてふっと頬を緩めた。
「北条拓海といいます。登録しましたから。関西方面に来るときはぜったいに連絡してくださいね」
そう笑った顔はもうすっかり最初の印象とまったく同じ少年の様子で。
「ああ」
「次はもっといっぱいシたいです」
「ああ、そうだね。拓海くんはどこに住んでるの」
「松虫駅です。阪堺電鉄の」
「上町線? 路面電車だね」
「そう! ちんちん電車です」
「じゃあ拓海くんに会うときはちんちん電車でいきましょう」
「絶対ですよ! いろんなところ案内します」
じゃあ、と別れてすぐに彼のアドレスに五能線の車内で撮った画像を送った。まるで太陽のように底抜けに明るいその笑顔は、きっと彼の夏休みそのものなんだろう。やれやれ、こんな汚れたオッサンに付きあわせていいもんだろうか、なんて思いながらSNSに書き込んだ。
『今日は五能線・深浦と奥羽本線・矢立峠狙い。深浦は年に数度しかない絶好のコンディション。白沢駅から移動中だが機材担いでの2時間強はよい運動。五能線では極上の出会いもあり、今夜はおいしく酒が呑めそうだ』
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