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第3話

 スイが小屋に戻り、いなくなっていて心配したと騒ぐ男の目の前に、蓮の葉に包んだ魚をぞんざいに置いた。開いた蓮の葉から飛び出た魚はぴちぴちと狭い土間に跳ねまわった。 「こいつは魚かい! ひぃ、ふぅ、みぃ、どうしたんだい、こんなに!」 「…いらねぇなら川に戻してくる」 「まっ、待ってくれ! ありがたい、いただく!」  頬を紅潮させた男を見て、スイは先ほどまでの苛々が消えていくのを感じていたのだが、男の次の行動に眉を顰めた。 「何をしてる」 「いつも世話になってる皆に、お裾分けしようと思ってさ」  男は大小二匹の魚だけ残し、あとは全て桶に入れて出て行ってしまった。  スイは男のお人好しさに呆れかえり、また何となく面白くなくて、再び布団に寝転んだ。そうして、何故自分が男に魚を獲って帰ったのかを考えた。今までのスイには考えられない行動だった。だからスイは、痩せぎすな男を太らせて、いつか尻子玉を食べてやるためだと、無理矢理理由をこじつけて自分を納得させた。  日暮れに戻ってきた男は、囲炉裏で魚を焼き始めた。スイは初めて見る炎の美しさに見惚れていた。 「今晩はお前さんのおかげで御馳走だ。ありがとう」  暗くなる小屋の中、薪の爆ぜる音が鳴り、炎の橙が男の顔を照らす。にこやかに笑う男の頬はやはりつるんとしていて、柔らかそうで、スイの手は引き寄せられるように男の頬を触っていた。 「どっ、どうしたんだい」 「…蚊がいた」 「そうかい、そりゃ助かった。ほら、もう焼けただろう。いい匂いだ」  男は慎重に魚に手を伸ばし、大きい方をスイに差し出した。はらわたまでよく焼けて、じゅるりと汁が溢れ出し、串を伝って灰へと落ちた。 「あんたが二つとも食べるんじゃないのか」 「ははは、まさか。お前さんのほうが身体が大きいから、こっちの大きいのを食べてくれ」 「…俺はいい、俺の分も食え」  スイは男がまた笑ってくれると思ったのだが、男の見えない目がスイを睨みつけた。  「それは駄目だ、お前さんは怪我してんだから」  ぐいぐいと串を押し付けられ、受け取ったスイはがぶりと頭から丸齧りした。初めて食べる香ばしい魚に、スイの口からは勝手に感嘆の声が漏れた。 「美味ェ」 「そうかい! おれもいただこう。うん、美味い! こんな美味い魚は久しぶりだ、ありがとうな」  再び笑顔になった男にスイは安堵し、昼間一人で食べた魚より格段に美味しい魚をぺろりと食べ尽くした。

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