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第6話

 スイは一晩駆け続け、大沼へと戻った。 「長老はどこだ!」  久しぶりに姿を現わしたスイに、里の河童たちは大層驚いた。騒ぎを聞きつけた長老が現れると、スイはその場で土下座し一同はさらに驚いた。 「秘薬を分けてくれ! 頼む! 俺の、大事な人が死にかけてんだ!」  スイは長老に縋りつきお願いするが、長老は困ったように首を横に振った。 「なんでだ?! 今まで俺が勝手な行動をしてたからか、それなら皆に謝る、償いもする、里のために働く、だから…!」  スイのなりふり構わない言葉にも、長老は頷くことはなかった。 「スイよ。あの秘薬は竜神様にお渡しした。だから無理じゃ。諦めろ」  「竜神様だって?!」 「待て! 何処へ行く! スイ!」  スイは静止の声も聞かずに飛び出した。向かった先は、大沼よりさらに山奥、竜神様の住む大滝だった。 「竜神様!」 「なんだ騒がしい。河童の小僧、何の用だ」  地を這う声にスイの身体は無意識に震えたが、心は怯まず、竜神様の声のする方へと金色の双眸を向けた。 「薬が欲しい。里から秘薬の壺を持って行っただろう。返してくれ」 「無理だ、元はと言えばお前のせいだぞ」 「俺の…どういうことだ」  竜神様は小馬鹿にしたように笑い飛ばし、話を続けた。 「夏に、お前は大きな杉の木を倒しただろう。あの杉には儂の女房が眠っておった。お前のせいで枯れ、今も床に臥せっている。だから長老から詫びとして壺を貰い受けたのだ」  スイは絶句した。スイがあの時、勝負を挑まなければ、否、里の河童たちと協力し合っていれば、今頃薬はすんなりスイの手に入り、男――弥次郎の死病を治していただろう。  因果は巡る小車、スイは己の所業を恨んで項垂れ、膝をついた。顔は蒼白で、頭の皿は今にもひび割れそうに乾いてしまっていた。  無法者なスイがこれほどまでに打ちひしがれているのを初めて見た竜神様は、スイの覚悟次第で薬を分けてやろうと思い立った。 「スイよ。どうしてもお前が薬を欲しいならば、少し分けてやってもいい」 「本当か!」 「ただし。お前のその美しい翡翠色の身体を貰おう。外に出ることの叶わない女房に、翡翠色の衣を着せてやりたい。薬はお前の肌と交換だ。どうだ」 「わかった。頼む」  以前のスイならば、名前の由来となったその肌を誇りに思っていたから、応と頷くことはなかっただろう。けれども今のスイにとっては、己の肌の色など些末なことに過ぎなかった。  竜神様がスイに手を翳すと、スイの身体の表面が猛烈に熱くなった。声にならない悲鳴を上げているスイに、竜神様は蜆貝で薬を掬って渡した。 「さあ、持って行け」  激しい痛みに狂いそうになりながら礼を言い、蜆貝を大事に懐へ仕舞って、スイは弥次郎の元へと急いだのだった。

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