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第7話

「弥次郎!」 「なん…ゴホッ、なんで戻って来ちまったんだい」 「いいから、早くこれを」  スイは布団から弥次郎を起こし、秘薬を溶かした湯を飲ませた。喉の弱った弥次郎は咽ながらも少しずつ薬湯を飲み込んでいく。 「どうだ」 「苦ぇ、でも、少し楽になった。ありがとなぁ」  力なく笑った弥次郎だったが、その晩再び激しい咳が始まり、血を吐き出してしまった。 「薬の量が足りなかったのか。弥次郎、待ってろ。また貰ってくる」 「いい、ゲホゲホ…! もういい、俺は助からん。うつっちまうから、もう来るな」  「いや、戻ってくる。弥次郎。それまで死ぬな」  後ろ髪を引かれながらも、スイは弥次郎を残して再び竜神様の元へと向かった。  竜神様はまたしてもスイの身体と引き換えに薬をくれた。二度目は何でも噛み砕ける頑丈な嘴。三度目は水の中を自由に泳ぐことのできる水掻きと、河童の力の源でもある皿。  水掻きもなく、皿まで失ったスイは獣道をひたすら走った。  自慢の怪力と無尽蔵の体力は、皿とともに消えてしまった。  足の裏は擦り切れて皮が捲れて血だらけになり三日三晩かかったが、弥次郎のいる家へとなんとか戻ってきた。 「弥次郎! 今度は沢山薬を貰えた。さあ、飲め」  骨と皮になってしまった弥次郎の身体を抱き起こそうとするが、ふらついてしまって上手く薬を飲ませることのできなかったスイは、自らの口に薬湯を含み、弥次郎のかさついた唇に押し付けた。  ゆっくり、ゆっくり、スイは合わせた唇から薬湯を流し込み、弥次郎はスイの唇に懸命に吸い付いた。 「弥次郎、死ぬな…もう俺には何も残っていない」  弥次郎を失いたくない。その一心で、スイは河童の誇りを全て竜神様に渡してしまった。それに、スイの今の身体では再び竜神様のところへ行くことはできない。  スイは細くなった弥次郎を強く抱き締め、もし弥次郎がこのまま死んでしまったならば、俺も後を追おうと決意したのだった。 「俺には…お前だけだ」  その夜、この冬初めての雪が舞った。

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