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第3話
「あんまり先生を困らせるもんじゃないよ?」
葎は雪月花に近づいてコショコショと頬を撫でた。
「子供扱いするな」
煩わしくて、パシッと葎の手を払いのける。雪月花の不遜な態度に女は顔を真っ赤にして怒鳴ろうとしたが、当の葎がクスクスと笑っているので怒るに怒れない。
「ん? じゃぁ大人扱いしてもいいの? 大人になりたくないと一番願っているくせに」
その通りだ。雪月花は決して大人になりたくないわけではないが、大人になることで自分に強要されるすべてが嫌で仕方がない。だが、雪月花にとってそれらは大人になると同時に付きまとってくるものだ。だから――……。
葎を睨んだまま口を閉ざしてしまった雪月花に、彼はクツクツと笑ってもう一度頬を撫でる。
「今日はなんだかいつも以上にご機嫌斜めだね。勉強が嫌だったの?」
雪月花の憂いはすべて取り除きたいと願う葎からすれば当然の問いかけだったが、後ろに控えていた教師の女の肩がビクリと跳ねた。
「この勉強は嫌いだ。もっと普通の勉強がしたい」
葎が普段受けているような高度な授業など求めたりしないから。せめて一般の人みたいに、本の中の学生みたいに、国語や社会や数学といった、普通の授業がしたい。
「本が読めるように文字は僕が教えてあげたし、本の中に沢山知識は詰まっているでしょう?」
「そんなの勉強の内に入らない! どうして皆が当たり前に学ぶことを俺はしちゃいけないんだ!」
大公子妃だから? いずれサロンに閉じ込められる存在だから? 子供を産むことに特化したオメガだから?
「大公子様、失礼ですがもうこれ以上大公子妃様に本をお与えになることはお止めくださるようご進言申し上げます」
「なんで本まで⁉」
「本はあらゆるものが書いてありますから、余計に大公子妃様が皆と同じことを望まれてしまいます。しかし、それら一切、たとえ知識であったとしても大公子妃様には必要のないものでございます。知ることでこのようにお心を乱されるのであれば尚更、本や外に通じるものはお側に置かぬ方がよろしいかと」
雪月花の叫びを無視して、女はビクビクとしながらもつっかえることなく葎に訴えた。彼女からすれば雪月花が盾突く原因である本をすべて破棄したい気分なのだろう。
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