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第5話

 フイッと顔を背ける雪月花を、葎は困ったように微笑んで見つめていた。きっと年々頑なになっていく雪月花を持て余しているのだろう。現在の三大公妃も、出雲大公子妃も、一部の例外もなく夫であるアルファを心の底から愛し、隙あらばイチャイチャしている。今現在番が見つかっていないのは志摩大公子である朔(さく)眞(ま)だけだが、いずれ彼にも番が見つかり、その人はなんの疑いも抱かずに、朔眞を愛するというのだろうか。  こんなにも不条理を感じるのは、こんなにも番であろう葎を恐れるのは、自分だけなのだろうか。ぼんやりと、雪月花は思う。  教師である女が言う番に触れられる喜びなど、感じたことがない。葎と初めてあった時、電流のような衝撃は走らず、歓喜も覚えなかった。今もまた、葎がこれほどに雪月花を甘やかしているのに、〝これじゃない〟と心が叫ぶ。  大公や大公子の番が閉じ込められる、揺り籠と呼ばれる場所。その中で女から大公妃になるにはどう振舞うのか、閨ではどうすればいいのかを教えられ続け、葎を待つだけの狭い世界。葎がギュッと抱きしめてくる中、チラと立て掛けている小さな写真に視線を向ける。自分であろうおくるみに包まれた赤子を抱きしめて、両親らしい男女が満面の笑みで写っている。きっとこの写真を撮った時はまだ、雪月花が大公子の番になることなど知りもしなかったのだろう。  もしも、もしも自分が大公子妃ではなくて、ただのオメガで、この両親の側で育ったならば、どんな人生だっただろうか。きっと平凡に学校に行って、親の作ったご飯を食べて、沢山話をして、もしかしたら友達だってできたかもしれない。  公園にも行ってみたい。本に書いてあったカフェや、雑貨屋にも。食べ歩きをして、気の向くままにお店に入って――……。それはきっと、きっととても楽しいのだろう。  葎は沢山のモノをくれる。だが、そういったモノは、くれない。 「ねぇ雪月花。君が僕の側にいてくれるなら、僕の全部をあげるから。だから変なことは考えないで」  きっと葎も雪月花の中にある拭いきれない望みを知っている。彼は、わかっている。それでも雪月花は知らないふりをして、無垢を装ってコクリと頷いた。今ここで頑なになってはいけない。今ある僅かな、自由とも呼べぬ自由を与えてくれるのは葎だけだ。だが、ここで頑なに自分の我を貫き通せば、葎はきっといとも簡単に雪月花からすべてを奪いつくしてしまうだろう。  葎を知っている人は皆が彼を〝優しい人〟と称するだろう。だが、出雲大公子である遠夜(とおや)や、朔眞は、万が一にもそう称したりはしない。彼は――恐ろしい。

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