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第6話
「雪月花は賢いね。でも――……」
「でも?」
「いや、なんでもないよ」
葎は何か言葉を呑み込んだ。雪月花がジッと彼を見つめても、答えはくれない。
「もうじき夕食の時間だね。服を着替えたら迎えに来るから、待っていて」
そう言ってチュッとリップ音を響かせて葎は雪月花の額に口づけた。漆黒の髪を一撫でして、去っていく。
パタンと扉を閉めて、葎の瞳は垂れた前髪に隠される。
「でも、愚かだ」
でもそれは、自分も同じかもしれない。そんなことを思いながら、葎は綺麗すぎるばかりで静かな廊下を歩いた。
雪月花が散歩に出る時は、必ず護衛の男が付く。実は雪月花にとってこの時間が一番楽しかった。男は雪月花の知らない外の世界を、散歩しながらこっそりと教えてくれる。
外には車や電車が走っていて、自転車なんかも乗るらしい。学校にはクラスがあって、部活があって、スポーツもすると男は言っていた。今雪月花くらいの年頃の子にはティラミスが流行っているらしいとか、色の付いた綿菓子があるとか。もうじき夏だが、夏になったらお祭りがあって、屋台が出て、最後に花火が打ちあがる。そんな話を雪月花はまるで幼子のようにワクワクしながら聞いていた。
「その花火を見ることはできないか?」
とても大きな、火の花が夜空に咲くのだと男は言った。それほどまでに大きいのならば、この大公邸からでも見ることはできないだろうか。夜にこっそり部屋を抜け出して、今いる庭で夜空を見上げたら、美しい大輪の花火は見られるだろうか。そう思って訊いたのだが、男は困ったように笑って首を横に振った。
「この大公邸の周りで祭りを行うことは禁止されていますから、ここでは花火を見ることはできませんよ」
「そう、なのか」
シュンと落ち込んでしまった雪月花を可愛そうだと思ったのか、男が良いことを思いついたと雪月花の耳元に口を寄せた。
「大きなものは無理ですが、小さな花火ならお持ちいたしますよ」
打ち上げ花火は流石に無理だが、小さな手持ち花火ならばこっそりと持ってくると男は言った。
「ほんとうに⁉」
勿論内緒にだから小声で、それでも歓喜を隠し切れずにワクワクとした笑みを浮かべながら雪月花は何度も何度も頷いた。
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