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第8話
カツンと乾いた音が廊下に響く。大きな窓の脇にある柱に寄り掛かった人影があった。影はジッと窓から下を見つめている。窓の下にはしゃがみ込んでいる人影。チカチカと光る炎。
外は真っ暗で、あるのは小さな頼りない光だけであるのに、なぜだか笑っている顔が鮮明に見える。
(僕にはそんな顔、見せたこともないのに……)
弾けるような、楽し気な笑顔。あの小さな小さな、すぐに終わってしまう光に自分は劣るというのだろうか。もう雪月花とは十八年も同じ時間を過ごしているのに、あの数分にも満たない小さな光に引き出せる笑顔を、見たことがなかっただなんて。
無意識の内に拳を握りしめる。プツッと爪が皮膚を破ったのがわかった。
ずっと愛を囁けば、自由に代わるものをあげれば、彼は自分を愛してくれると思っていた。ましてや雪月花は運命の番。きっといつか、気づいてくれると。
ポトンと、かそけき音が聞こえたような気がした。真っ暗になった窓の下で、小さな炎が揺らめく。そしてまた、パチパチと光が散った。
楽しそうに、笑っている。
「このまま放っておいていいのか?」
「……遠夜」
後ろから近づいてくる足音に、振り返ったりしない。遠夜は一人近づいてきて、同じように窓の下を見た。
「お前も、朔眞も、番に甘すぎる」
「君にだけは言われたくないけど。それに、朔眞に番はまだいないよ」
「だから甘いと言うのだ。朔眞なら、探そうと思えばいくらでも探せるだろう。もう成人を超えたんだ。未だに番が産まれていないなどということはあり得ない」
確かに、朔眞も、今目の前にいる遠夜も、葎も既に成人を超えている。多少の年の差はあれど、まだ産まれていないということは遠夜の言う通り、あり得ないだろう。だが朔眞は一向に探そうとはしない。焦りもしない彼の姿は、まるで自分の番が誰であるかを、知っているような――……。
「どうするつもりだ? 本など与えるからあの子は外に焦がれる。知っては辛いだけのものを知ってしまう。葎、番を甘やかしたいのはわかるが、その甘さがあの子に鳥籠の窮屈さを教えることになる」
勿論、生きるに困らないだけの勉強は大公子妃でも義務として受けることができる。だが雪月花が読んでいる本は娯楽のもの。必ずしも必要なものではなく、寧ろ元老院からは禁止される類の娯楽だ。
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