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第二章 愛に怯える狼 4
山田の指定するいつもの場所とは、生徒会室より奥にある準備室の事だ。少し小さめの部屋には、文化祭や体育祭で使う小道具が段ボールに詰め込まれ銀のラックに規則正しく置かれている。
その奥には二人掛けのソファが置いていて、昔から生徒が隠れてセックスをし放題の通称ヤリ部屋。山田が生徒会長になってからは、山田専用のヤリ部屋になっている。
奴の性奴隷になってから学校の色んな場所でさせられたが、結局ここが良いらしい。
昼休みを告げるチャイムが鳴るとその部屋に向かうのだが、今日は四時間目の授業で寝ていたので、チャイムに気づかず暫くしてからスマホの振動で起きた。画面には山田の文字。机に頬をつけたまま、通話ボタンを押した。
「早く来ねーと殺す」
起きて早々ドスの効いた声が鼓膜に響く。
「……怠いからパス」
「お前、そんな事言ったら今日の夜どうなるか分かってんだろうな? 夜アナルビーズ攻めされんのが嫌ならすぐ来い」
一方的に通話を切られると、溜息を吐いて席を立ち上がった。アナルビーズはキツイ。しかし一日くらいセックスを休みたくはないのだろうか。あの男の性欲は、異常だ。
昼飯はセックスをしてから食べる。食べてからだと腸に刺激が行くので、洗浄が無駄になってしまう。なんだかんだセックスの為に毎朝毎晩穴を洗浄する事に慣れてきた自分が怖い。
いつもの様に準備室のドアをスライドさせると、ソファの上に寝転んだ山田と、ブラジャーから胸を全て露わにさせた髪の長い女がその上に乗っていた。
「きゃあッ!? 何?」
「おっせーよ莉玖。来るの遅いから変な女に襲われちゃったじゃねーか。ほら、退けよ」
豊満な胸に埋もれていた山田が、女を邪魔そうに退かす。
「ちょ…西園寺君との事、噂だと思ってたけど悠矢、本当にホモになっちゃった訳? いくら西園寺君が綺麗な顔してるからって嘘でしょ?」
「お嬢様のフリしてヤリまくってるお前より莉玖の方が断然気持ち良いからマジ。二度と来んな」
山田の言葉に女は怒った様に部屋を出て行った。付けすぎの香水が鼻にツンと来て一気に気分が悪くなる。
「何、今の女」
「あ〜…昔よくヤってた女。最近誘われないからって襲われたんだよ。つーかお前来るの遅すぎ。危なくさっきの女で済ますとこだったじゃねーか。うわ香水クセ〜…」
山田は何事もなかったかの様な顔で起き上がった。シャツのボタンが外されていて、ベルトも外れた姿。さっきの女が外した場面が想像で浮き上がり、自分の眉間に皺が寄るのがわかった。男と女のセックス。未遂とはいえその光景を目の前で見せつけられた事に、俺の心の中に何か黒い靄がかかった。
「おい莉玖、こっち来いよ。あと二十分しかねーから一回しか出来ねーじゃん」
「……ヤらねぇ」
俺の言葉に山田は「はぁ?」と訊き返す。
「さっきの女呼び戻してヤれば良いだろ。俺マジで怠いから先帰るわ」
「あぁ? お前勝手に決めんな。ヤッてから帰ればいいじゃねーか」
「……夜に相手すればいいんだろ。マジで腹痛ェから帰る」
「そんなに痛いのかよ…? 待ってろ、如月に連絡して迎えに来させるから」
「要らねーよ。歩いて帰れる」
「おい、莉…」
山田の言葉の途中でドアを閉め、そのまま下駄箱へと向かう。学校に手ぶらで来てて良かった。一々教室に戻るのは面倒臭い。
廊下を歩きながらも、さっきの光景がチラつく。女の細い腰を掴むあいつの大きな手や、女特有の柔らかい身体や長い髪。胸に顔を埋めた山田の顔。チラつく度に、さっきの靄が広がって頭が余計ぼんやりとする。
(あんな女の肌舐めた後とか出来るかよ…あ〜クソ…気分わる…)
すぐに家に帰らずに公園のベンチで項垂れていると「莉玖様」と頭の上から声がする。如月だ。山田の奴、連絡しなくて良いっていったのに。
「大丈夫ですか? 顔、真っ青ですよ」
如月の手が見上げた俺の頬に触れる。その優しい触り方にゾワリとして、その手を払い除けた。
「るっせぇな…ほっとけ。勝手に触ってんじゃねーよ…」
「家のベッドで大人しく寝て頂ければ放っておきますから。さ、帰りましょう」
「……嫌だ。帰らねー…」
「悠矢様と何かあったんですか? 本気で拒否するなんて最近なかったでしょう」
山田の奴、そんな事までこいつに伝えたのか。俺のする行動はこいつらに全て筒抜けだ。
「何かって…毎回無理矢理させられてんだぞ。何かあるに決まってんだろ。とりあえず今日はいつもの数倍嫌だっただけだ」
「朝にお伝えした事、もしかして気にしてるんですか?」
「気にするっつーか…金持ちの道楽に付き合ってる事を再認識して嫌になっただけだ…アホらしい…もう写真も動画もどうでもいいわ…山田から逃げたい…」
両手の指を組んで、がっくりと項垂れる。そもそもどうして俺があいつの相手をしなければならないんだ。さっきの女が相手をすれば良いじゃないか。簡単に股を開く女なんて、山田なら選び放題なのに。
「じゃあ逃げましょうか」
沈んでいた思考が、如月の言葉で一気に現実に引き上げられる。しかしまるで旅行を提示するくらいの軽いノリの言葉に、俺の顔は途端に曇る。それが簡単に出来ないからこうして性奴隷になってるんだろ、馬鹿か。
完全に思考が伝わる訝しげな俺の顔に気づいてるのか、如月は薄く笑っている。
「まぁまぁ、そんな顔をしないで下さい。二ヶ月毎日抱かれていると、そりゃ疲れるでしょう。まずは一週間程逃げましょう」
「一週間…」
「正直本当に逃げるのは無理です。だけど一週間くらいなら悠矢様が貴方に近づかない様に上手く言っておきます。但し隠れる場所は私が決めますからね。監視役も家の外には付けるのが前提です。とりあえず一週間悠矢様から離れてご静養なさって下さい」
一週間なんて意味はあるのか? 俺は一生逃げたいのに。だけど一週間でも、もしかしたら山田は冷静になって俺を手離すかもしれない。懐かない雄のペットより、懐く女の方が数倍良いと気づくだろう。
俺は如月の提案を受け入れ、一週間程山田の目の届かない場所で過ごす事にした。
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