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第三章 狼は愛を乞う 1

 自宅から高速に乗って車で二時間の道中。莉玖が隣に居ないので退屈だ。もう五日は彼の匂いを嗅いでいないので、俺は安眠も出来ないし心も落ち着かなくて、今にも頭がおかしくなりそうだ。  窓の外を見ても緑色か灰色が高速で過ぎていくだけの退屈な風景。夏の気持ち良い青空も、莉玖がいなければ、唯の灼熱の太陽が降り注ぐ鬱陶しい天気だ。だけど莉玖さえいれば豪雨だって楽しい。  運転する松下に目的地までの到着時間を訊ねると、あと三十分程。俺はそれまで、スマートフォンとBluetoothのイヤホンを繋ぎ、動画を見る事にした。  ‪──あっあっあっ♡やめろぉぉ♡もぉぬけよぉぉ……おかしくなるぅ……ゆうやのがいぃ…ゆうやぁぁ…  莉玖の養生中、如月からは毎日動画が届く。彼が俺を求めている姿は何度見ても良い。俺の居ない所で言っているのがまた堪らない。  動画の莉玖は目隠しと手を縛られた状態で浴衣をはだけさせ、尻の孔にローターを二本突っ込まれて善がっている。こんな可愛い姿を目の前で見れないなんて、悔しい。  (あんまり莉玖の嫌がる事はしたくないけど、可愛いんだよなぁ…しっかし如月の奴ノリノリだな…あいつ…莉玖に挿れてねぇよな? してたら殺す…)  莉玖が昼休みに急に帰った日、俺は如月から電話で報告を受けた。  ‪──莉玖が俺から逃げたがってる、と。  ショックだった。自分の愛が莉玖に伝わってなかった事に。如月は莉玖を一週間程離す事を提案してきたが、俺はそれを一度突っぱねた。莉玖を一週間愛でる事が出来ないなんて地獄だ。あの匂いを嗅いで寝ないと安眠出来ない。 「莉玖様に一生会えないか、一週間だけ会えないなら、悠矢様はどちらを選びますか?」  如月からの問い掛けに俺は後者を選ぶしか選択肢が無かった。そして、彼は二つ目の提案を持ちかけた。 〝莉玖の開発〟だ。この間俺が『莉玖がドライでイッてくれない』とボヤいたのを聴いていた彼は、この一週間で莉玖をドライオーガズムを感じる身体にして見せると言ってきた。 「はぁ? 開発って…莉玖に手ェ出したら殺す…」 「私の事、殺せるならどうぞご自由に」  俺が力で如月に敵わないのを分かっていて言っている。苛立った俺は舌打ちを返した。 「とにかく莉玖に触るのは許さねぇからな。嫌がっても無理矢理連れて帰って来い!」 「陰茎の挿入はしませんよ。だけど指と玩具の挿入はドライの必須です。前立腺を刺激しないといけませんからね。あと、キスはさせて下さい。リラックスさせないと無理です」  触るのを許さないと言っているのにこの強気な姿勢。絶対に開発をしたいと言う並々ならぬ熱意を感じる。確かに如月なら莉玖をドライでイカせる事が出来るだろう。こいつの苦手な事なんて、俺はピーマンくらいしか知らない。  しかし、莉玖が如月とキスしているのを思い浮かべるだけで苛々する。が、陰茎は挿入しないと言ってるなら大丈夫か…?  悩み過ぎて無言の俺に、如月は通話口の向こうから溜息で返事を促した。 「いや、仮にも主人に溜息はおかしいだろ…何でいつのまにかお前が主導権握ってんだよ…」 「悠矢様、莉玖様は多分〝好き〟が何かわかっていないのだと思います」  どういう事だ? と俺はスマホを持って前のめりになる。確かに莉玖は最初の頃もそう言っていた。『好きっていわれたの初めてだからわかんねー』と。 「特定の誰かを思い出して恋しいや寂しいと思う事や、その人以外に触れて欲しくないという事。悠矢様が強引過ぎて莉玖様の気持ちが追いついてないんですよ。少し休ませてあげて下さい」 「……そしたら俺の事、好きって思ってくれるのか?」 「ええ、自覚させてあげますよ。でもその為には当て馬が要ります。愛に怯える狼の心を走らせる為の馬がね。損な役回りですよ」  俺は自ら当て馬役を引き受ける如月の言葉を信じ、毎日莉玖の姿を動画で送る事を条件として、彼にそのまま恋人の開発を託した。  とりあえず俺の陰茎が欲しくて堪らない身体にする為に絶対にお前の物は挿入するなと念押ししておいた。莉玖は玩具より陰茎を挿入される方が好きなので、何日もお預けをくらえば、会った瞬間に求めてくれる筈だ。  そんな莉玖の姿をムフフと想像していると、いつのまにか莉玖の動画は終わっていた。 「松下〜。あとどのくらいで着く〜?」 「えーっと、あと五分くらいですかね〜」  スマホで如月とのトーク画面を開き〝あと五分〟と入力すると〝莉玖様の準備、おっけーで〜っす♡〟の文面と共に鼻息の荒い顔の変なスタンプがすぐに送られて来た。  あいつは真面目な顔をして、こういう時のメールは完全にふざけ倒すタイプの人間だ。  車が進むと、鬱蒼とした森が徐々に目の前にひろがり、その中に佇む情緒ある日本家屋。太陽が一日で一番高い場所から日差しを降り注いでいて、木立ちの間から美しい光が漏れている。なんて幻想的な風景。忙しない現世を離れ、まるで異世界に来た様だ。  ああ、可愛い可愛い莉玖。五日ぶりのお前を、早くめちゃくちゃに抱き潰したい。  俺はそんな逸る気持ちを抑え、愛しい恋人が待つ屋敷に足を踏み入れた。

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