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第三章 狼は愛を乞う 7
山田が凄い勢いで部屋を出ると、俺はベッドへとまた身体を倒した。
「悠矢様、思った通り嫉妬してくれましたね」
俺の後ろから如月が抱きしめてきて、肩と首の間に顔を埋めた。
「……嫉妬っつーか、怒ってたけどな。」
「私と寝るとか言うからですよ。悠矢様が部屋に来たら大人しく戻るって最初言ってたのに」
「寝たフリする筈が本当に寝ちまったし…あとなんか、臭いのムカついたから」
「穂乃果様と抱き合っちゃったんですかね」
その言葉に俺は黙る。
「ふふ…嫉妬したって素直に言えばいいのに、本当可愛いなぁ…」
如月はより一層強く抱きしめてくる。俺の耳や首筋にチュ…とあの別荘で毎日された愛撫の音が響き、少し身体が疼く。
「……何調子乗ってんだよ。お前とはやんねーぞ」
「このまま抱かれたくなかったら、早く悠矢様の所へ行ってあげてください。会食に行きたくないって駄々をこねて、寝ている貴方から中々離れてくれなかったんですよ」
脳内にその風景が自動的に浮き上がり、思わず吹き出すと「悠矢様は家の為に行っただけですから」と念押しされた。
「……でも横で寝たらまた無理矢理される。今日ケツ痛いし洗浄してねーから出来ねぇ…」
「ちゃんと本人にそう伝えて下さい。無理矢理されそうなら、フェラだけしてくれって可愛くお願いしたらそれで終わってくれますよ。莉玖様の事、大好きですからね」
「フェラもされたくねーんだけど…」
「じゃあ莉玖様がしてあげてください。何もしないのは流石に納得してくれませんから。ね?」
如月は最近、あの唯我独尊の山田の取り扱いを次々に教えてくれる。俺にずっと優しいし、一緒にいると落ち着く。こうやって抱き締めて貰うと、大型犬みたいで心地良い。
別荘では色々されたが、本当に俺が痛がる事はやらなくて、絶妙に気持ち良い事ばかりしてくれた。いつのまにか如月には、素直に気持ちを言えるようになった。如月はきっと、人たらしだと思う。山田といると、胸が苦しくて抱きしめたくなって泣きそうになるのに。
だけど俺はそれでも、山田の側に居たいと思ってしまう。あの唯我独尊の男に、身体が壊れる程激しく抱きしめられたい。セックスをするのは、山田だけがいい。
これが好きだという気持ちならば、何て激しい感情なんだろう。
自分で自分のコントロールが、上手く出来なくなっていく。
「斗真は…前言ってた奴の事好きだったんだよな? 俺に似てる奴…」
「……ええ。好きでしたよ」
「好きって、何…?」
「そうやって、貴方が悠矢様の事を考える事ですよ」
「……愛って何?」
「こうやって、私が貴方に抱いている感情です」
「お前が見てんのは、俺じゃねーだろ…」
「……さぁ、どうですかね」
如月の手が俺の顔を掴み、彼の方へ向かされる。そして、ゆっくりと顔が近づき唇が触れる。本当はこんな事をするのは山田が怒るからやりたくないが、如月の顔がこの間みたいに泣きそうになっているから、そのまま唇を重ねた。
「……嫌がらないんですか?」
「嫌だけど…別荘で何回もやったんだから今更拒否もクソもねぇよ。でもこれ以上したら殴る…」
如月の顔が「ふふ」と笑う。目を細めて笑う顔。この顔は普段あまり見れない。これがきっと如月斗真の本当の顔なんだろう。
あの別荘での間、如月は俺の事を「慎也」と呼んで抱きしめる瞬間があった。
その時の如月の目からは涙が出ていて、俺は正直吃驚した。
如月には大学生の頃、好きになった男がいた。大学で知り合った慎也という男。同い年で、喋り方や顔立ちが俺に似ていたらしい。
あまり人に心を開かなかった如月の心にスッと入り込む程、その男の性格は人懐っこく、誰からも好かれたという。如月はその男と色んな事を話した。将来の事や下らない事。山田のサポート役に将来なる事にも悩んでいた如月にとって、自分と違う価値観の慎也の話は、かなり心に響いた様だ。
「慎也は裏がないんです。思った事をハッキリと言って、間違っていたと思ったら謝る。そんな人間、昔の私なら嫌いでした。だけど慎也は違うんです。上手く言葉に出来ないですが、本気で自分と接しているのが分かるんですよ」
バイだった如月は、いつしか彼の事が好きになった。友達の関係を壊すまいと黙っていようと思ったが、我慢出来なくなって、ある日の夜彼を公園に呼び出した。だが、彼は何時になっても、その日来る事はなかった。
「公園にくる途中で事故にあって…即死でした。……私があの日呼び出さなければ良かったと、何度も後悔しました。……彼が居ない毎日はつまらなくて、自分の命を絶ってしまおうと思いました。だけど、そんな時悠矢様が泣きながら私の所へ来て…」
〝きさらぎ、げんきだせよぉ…きさらぎあそんでくれないと、おれ、ひとりっぼっちだよぉ…〟
「山田が?」
「ええ。八歳だったかな。その頃は住み込みじゃなかったので、大泣きして私の家にやって来て。憔悴しきって悠矢様の家に行けなかったから、心配してくれたみたいです。その時、自分にしがみつく彼を見て、初めて悠矢様の事、愛しいと思ったんです。ああ、この子は俺が居ないと駄目なのだと。両親や弟ともロクに会話する事も、友を作る事すら出来ない。彼には、私しかいなかったんです」
「それで、お前は立ち直ったのかよ…」
「ええ、悠矢様が傍にいてくれたので。やっとこの職務に遣り甲斐を見出した時、莉玖様が現れました。慎也にそっくりな見た目で、初めて見た時息が止まりそうでした。中身は、違いましたけどね」
「……お前は、俺の事、慎也の代わりに抱いてる訳?」
「抱く前はそうでした。だけど、全然違います」
「俺の事間違って名前呼んだじゃねーか…泣いてたし…」
「ふふ…泣いた事、悠矢様には内緒にして下さい。でも莉玖様は慎也とは違います…今は悠矢様の為に貴方を抱いてます」
「何でお前が俺を抱くのが、あいつの為なんだ?」
「私とセックスしたら悠矢様の方が好きだと実感するし、貴方の身体がイキやすくなれば、お二人のセックスも楽しくなるからですよ。私は悠矢様のサポート役ですから、彼の為になるなら何でもやります。莉玖様は好みだから役得です。さ、続きやりましょう」
「……やっぱりイカれてる」
あの別荘で、如月には色んな事を話した。その内彼にキスされたり抱かれる事にも慣れてしまった。
彼は結局俺じゃなくて『慎也』が好きなのだ。あんな事を言いながらも、俺の向こう側に、いつも彼を見ている。だから如月に何をされても、心配はない。彼は俺の事が好きな訳じゃないのだから。
今日だって、俺が目を覚ましたら優しく頭を撫でいるだけだった。
「莉玖様は一人でいるのがあまり好きじゃないでしょう? 悠矢様が帰ってくるまで傍に居ます」
如月の部屋で寝る事提案したのは俺。自分を置いて会食に行った山田への、ちょっとしたお仕置きだ。俺と一生一緒に居ると言ったのに、結局結婚相手に会うのかと、正直ムカついた。あいつがずっと俺の側にいたなら、如月の部屋になんか来ない。
「さ、悠矢様の部屋行ってあげて下さい。きっと今頃拗ねてますから」
如月に促され山田の部屋に行くと、彼はまだシャワー中で、俺はその間にベッドに仰向けで寝転んだ。スプリングが勢い良く跳ねて、身体が一瞬ふわっと浮く。視界にはベッドサイドのほのかな灯りに照らされた高そうなシャンデリア。暫くそのシャンデリアを見つめていると、キィ…と音がして、急に人の影が入り込んで視界が暗くなった。
「……何だよ…お前如月と寝るんじゃねーの?」
髪の毛が濡れたバスローブ姿の山田が目の前に現れる。彼の身体が俺に覆い被さり、逃げない様に両腕を抑えられた。黒々とした髪から冷たい雫が、俺の顔にぽたぽたと涙の様に落ちてくる。
「……俺が居ない間、如月とヤったんだろ」
彼の両手を抑える力が強くなる。俺の話を聞かずセックスをしたと決めつける事に流石にムッとする。勿論そう誤解する様に仕向けたのは自分なのだが。
「……そもそもお前が別荘行く事許可したんだろ。斗真に聞いたぞ。俺とあいつがセックスする様になったのは、お前の所為だ」
「お前が逃げたいって言ったからだ。俺の所為かよ」
「斗真が俺に何するか知ってて許可したのはお前だ」
俺の言葉に山田の眉根が寄る。その通りなので彼は言い返す事もなく黙っている。
如月は「陰茎の挿入は無い」と事前に山田に伝えていて、その後挿入した事を知った山田は憤怒していたと聴いたが、そんな事なら最初から許可しなければいい。
(俺だったら…お前が他の奴と過ごすのも嫌なのに…お前は俺が斗真にバイブ突っ込まれてる動画見ても平気で…あー…やっぱり…ムカつく…)
「斗真が手ェ出してこないなんて本気で思ってたのかよ。知ってたんだろ、ああいう事する奴だって。結局俺、何回もあいつのちんぽハメられたじゃねーか。だったら何回やったってもう同じだろ。お前、結局俺の事どうでも良いんじゃねーか。俺が誰に抱かれたって関係ねーんだよ」
「違う…それは…」
「俺は何回も嫌だって言ったのに…お前の事何回も思い出して…お前に悪いと思ったのに…気づいたら気持ち良くて…」
言葉が上手く出て来なくて、山田から目を逸らした。そう、気持ち良くて結局自ら腰を振った。山田以外に男として屈辱感のある行為をするのは嫌だと思っていた癖に、俺は他の人間の陰茎を受け入れて、善がった。
「気持ち良くて、何?」
優しい山田の声と、彼の左手が俺の頬を優しく撫でる。
「……俺…どうしたら、いい……? お前の所為で、セックス気持ち良くなっちまった…俺…お前以外に反応したくねぇのに…触られたら身体が反応する…悠矢…どうしたらいい…俺…俺だって…他の奴に反応したくねぇよ…」
俺を見つめる山田の顔が近づいて、俺の口を優しく塞ぐ。チュ、と啄ばむようなキスから顔が少し斜めになって深くなる。彼の口からはミントの味がして、俺とキスする為に急いで歯を磨く姿を想像したら愛しくなった。
俺がお前でいっぱいになるだけじゃ悔しい。お前だって俺の事を考えて欲しい。そんな事を思う自分に吐き気がする。俺みたいな男がそんな事を思うのは、気持ち悪い。
「莉玖…悪かった」
彼の左手が、また優しく俺の頬を掴む。
「お前の事どうでもいいなんて思ってねーから…そうだ…俺の所為だ。お前の身体をそんな風にしたのに、如月にあんな事させた…ごめん…でも、俺…本当にお前の事好きなんだよ。どうしていいかわかんねーくらい…それに、俺は如月に何も勝てねーから…お前があいつの方に行きそうで…怖い…」
頬に触れている手が少し震えている。その手のひらに軽く唇を押し当てると、山田は力が抜ける様に俺に覆い被さって抱きしめた。
自分の腕が勝手に彼の身体に回り、そのまま首筋に顔を埋めた。
「今日は何もしたくねぇ…悠矢とただ寝たい」
「……わかった。でも抱きしめたまま寝ていいか? 何もしねぇから…」
聞こえるか聞こえないかの様な声で「ああ」と伝えると、彼は体勢を変え、仰向けの俺を横から優しく抱きしめて来た。濡れた髪の毛から伝わる雫は冷たいのに、それすらもお前を感じれて嬉しい。俺に絡む優しい腕。優しいのも嫌いじゃない。だけどお前には縛るくらい強く抱きしめて欲しい。
「俺は女じゃねーぞ…そんな優しい力じゃ物足んねぇよボケ」
山田は少し力を強くして抱きしめる。それでも足りない。
「簡単に壊れねーから、もっと強く…」
「……莉玖は俺の事、抱きしめてくれないのかよ。如月には抱きついてたのに。やっぱり如月は特別か…?」
「……お前が、女と飯食いに行ったからだろ…」
「は…? 飯って…」
「俺ばっかりムカついてんの、悔しいだろーが…だから俺からは抱きしめてやんねぇ…」
「莉玖…」
「一生離すなって言ったぞ俺…お前が離すから、斗真に取られんだよ……クソ…何なんだよ…こんな事考えるの、アホらし…」
仰向けの俺の身体はぐいっと引き寄せられ、山田の顔と向き合う。彼の腕が、苦しいぐらい俺を抱き締める。そうだ、骨が軋むくらいじゃないと足りない。お前の荒い息が、俺の肌にあたる距離で丁度いい。お前の熱い杭の硬さが、肌にあたる距離が丁度良い。気づけば唇が重なって、お前の事しか考えられなくなる。
「キスもするなって斗真に言われたんじゃねーの…」
「莉玖は、俺とキスするの嫌か…?」
「……嫌だったら、この部屋に来ねぇ…ん、んぅぅ」
お前の事を考えると心が痛くなるのに、お前の事しか考えたくない。考えている間、とんでもなく苦しいのに、お前に抱かれると堪らなく気持ち良い。
お前は本当にシャブみたいで、俺をどんどん廃人にしていく。
お前に抱きついた女を殴りたいくらい、俺はお前に溺れている。
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