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第四章 狼は愛に溺れる 5
夜の住宅街。他の家に比べると少し大きめな家の玄関前。白亜の壁には庭の間接照明があたっていて、俺達がいる周りは闇の中でも少し明るい。
「えーっ? もうかえらないとだめー? きょうもおとまりする〜!」
「隼、ごめんな。パパとママに金曜の夜だけって約束したんだ。だから、また今度な」
弟の隼は嫌だ嫌だと俺に抱きついて離れない。困ったな、と思いつつその小さい身体に抱き締められる事が嬉しくて、ごめんなと謝りながら抱きしめ返した。だけど隼の目線に合わせてしゃがんでいるので、脚がそろそろ辛い。
「おい隼、さっさと帰れよ。じゃねーと、俺がお前の兄ちゃん独り占めできねーだろ」
俺の背後から山田ぬっと現れて、隼と俺を引き剥がした。
「ゆうやうるさい! にいちゃんはきょうもおれとねるのー!」
「お前、独り占めしすぎだろーが! 俺もお前の兄ちゃんと寝たいんだよ!」
「ゆうやはダメー! にいちゃんはおれのなのー!」
隼はまた俺にしがみつく。山田が「莉玖は俺のだ!」と反論して俺を抱き寄せ、隼も「おれのー!」とまた反論して抱き着く。俺は誰のものでもないのだが。
「ゆうやばっかり、ずっとにいちゃんといるのずるい!」
「うるせぇ! 大人は狡くて良いんだよ! バーカ!」
「ゆうやのがばかだもん! ばーか! ばーか!」
「隼ッ! 誰がバカだ! 俺は頭いいぞ!」
山田は四歳児と本気で喧嘩していて、よくこんな事でそんなに熱くなれるなと呆れる。
隼が泊まりに来るのは二回目。金曜の夜から泊まりに来て、今日は水族館に連れて行った。当初は俺と隼の二人だけの筈が、結局山田もついてきて、終始隼と山田で俺の取り合いになった。だけど結局二人とも楽しそうで、さっきの夕食は、隼も山田も楽しそうにハンバーグを食べていた。
山田悠矢の精神年齢は、四歳なのかもしれない。
「隼、ほら、イルカさんのぬいぐるみ」
隼が欲しいとねだった大きなイルカのぬいぐるみを渡すと、隼は嬉しそうにぎゅっと抱きしめた。
「悠矢が買ってくれたんだから、もう一回ありがとうって言えよ」
「ん…ゆうや、ありがと…」
ちょっと照れてお礼を言う隼の頭を、山田は嬉しそうにわしゃわしゃと撫でた。
「それ、お前の兄ちゃんだと思って抱きしめとけ。来月も泊まりに来いよ」
隼は嬉しそうに「うん!」と返事をしてまたぬいぐるみを抱きしめる。
「じゃあ、隼。また来月な。次は動物園だ」
「うん、ぜったいね! ゆびきりして?」
小さな指が一本、俺の小指に絡んでいつものあのメロディを口ずさむ。「ゆうやもね!」と山田にも隼の小指が絡み、山田も恥ずかしそうにメロディを口ずさんだ。彼の口からそんな言葉が出る事にククッと笑うと、彼は「笑うな!」と少し赤くなった顔で照れた。
「にいちゃん、ゆうやばいばーい! とうまも、ばいばーい!」
大きなイルカのぬいぐるみを持って全力で手を振る隼に、目の前の俺たちと、車の中から如月も手を振り返した。
隼が家の中に入ったのを確認して車に乗り込むと、山田はすぐに膝に頭を乗せて甘えてきた。お前は一体何歳なんだ。
「隼って、すげーお前の事好きだよな。いつも一緒に寝てた訳?」
「いや、たまにしか。ここ一年くらい、親がセックスする時だけ俺の部屋って感じ」
そう、その時だけ隼は俺の部屋に送りこまれる。だけど俺はその時間が結構好きだった。隼の温かい体温が心地良くて、いつもよりよく眠れた。俺は子供が苦手だったが、隼は俺に懐いてくれたので、普通に可愛いと思える様になった。慣れない絵本を読みきかせたり、抱きしめて眠ったり。それは、俺が小さい頃に母親にして欲しかった事。
隼には優しいものだけを沢山あげたい。
「お前なぁ…四歳児に本気で対抗すんなよな…」
「莉玖に関しては引けねぇの…なぁ…莉玖、そのままキスして…」
「……恥ずいから無理」
「あんだけセックスしてんのに、まだ恥ずかしい訳? 変な奴…」
ふははっと山田の目が細くなる。
今日の彼の服装はブランド物のデニムジーンズに俺が貸した古着のバンドTシャツ。山田は大体シャツが多いので、こんなにラフな姿は新鮮だ。
艶のある黒髪を撫でると、膝で寝転んだまま、俺の方を見て嬉しそうに笑うから、チュ…と軽く唇を落とした。山田は少し驚いた顔をしたので、それが面白くて吹き出すと、笑顔の山田から深くキスをされて、そのまま抱きつかれた。
「莉玖、もう一回キスして」
「……調子のんな」
視線が気になってチラッとバックミラーを見ると、ミラー越しに如月と目が合ったが、彼は少し微笑んで何事もなく運転をする。
結局身体を起こした山田からキスをされて、家に着くまで後部座席で抱き合った。
家についてシャワーを済ませると、下着だけ履いてベッドへと向かう。
「もう下着なんて履かなくて良いって」
山田はベッドの中で既に待機していて、ベッドカバーに手を掛けた途端に引き寄せられて、優しく唇が触れる。
「やっと独り占め…ん〜莉玖の匂い♡」
「独り占めって…一日だけだろ」
彼の腕が俺の首の後ろに周り、互いの肌がくっつく。エアコンの風で冷やされた彼の肌と、シャワーを浴びたばかりの自分の温かい肌が触れ合って気持ち良い。
「俺が少しでも離れるのが嫌って知らねぇの?なぁ、今日はしていい?」
「……やらねぇつっても、お前やるだろうが」
「流石莉玖…俺の事よく分かってる…ん…んぅ…」
喋っている途中の山田の唇を奪うと、彼はすぐに舌を絡める。こいつとキスを一体何百回したんだろうか。
「っはぁ…何だよ…莉玖もやりてぇんじゃん」
「るっせぇな…舌、出せよ…いつもみたいに」
「ふは…積極的〜♡…ん…♡」
「ん…はぁ…♡…んぅ…♡ん、ん、ん…♡」
もう洗浄するのも慣れた。毎日こうやって抱かれるのも。俺も、こいつに抱かれないと物足りないのだ。俺の隣に山田がいないと──。
「俺の上で腰振ってるのすげーやらしい…」
「んっ♡んぁっ♡はぁっ♡♡ゆうやもうごかせよぉぉ…♡」
彼の上で激しく腰を振る俺の身体を、彼の手がやらしい手つきで撫でていく。胸も、腰も、そして尻も。その手で触って欲しくて、やらしいと言ってもらいたくて沢山腰を動かした。
「りーく…お前マジで気持ち良すぎ…最高…」
「あっあっあっ♡♡あーっ…きもちいい…♡もっと…ん、ん…」
彼に覆い被さって首筋にリップ音を立てると、彼は嬉しそうに俺の首にやり返してくる。毎日こんな事をしているのに、全然飽きない。
自分の身体は、こいつによってすっかり作り替えられてしまった。
「明日は俺、夕食はいないから。多分二十二時には帰る。んー洗い立ての髪の毛良い匂い…」
行為の後、二人でまたシャワーを浴びると服も着ずにベッドへと再び倒された。山田に乾かして貰った俺の髪が、すぅっと彼の鼻息で揺れる。洗い立てでも、そのままでも山田は俺の匂いが好きらしい。だけど俺も、彼の匂いが好きだ。風呂上りはあの香水の臭いがしない。俺だけが嗅げる同じシャンプーの匂いだけ。
しかし、今から二回戦は流石にキツイ。もう寝たい俺は、軽く遮ってベッドへと潜り込んだ。
「別に一々言わなくていいけど。俺はもう寝る…」
「ふーん? いつも会食の事黙ってると機嫌悪いだろ、お前。焼き餅かーわいー♡」
「餅なんか焼いてねぇよ…寝ろや…」
「寝る前におやすみのキスしろよ」
「さっきセックスしたばっかりだろ…ん、んぅ…」
「ん……ん、はぁ……お、何莉玖…いってぇ! 何で肩なんか噛んでんだよ」
「るっせぇ…何となくだよ…」
明日、山田は結婚相手との会食。最近、その相手に会う頻度が多い。
折角何も匂いがついていないのに、また明日、彼の身体からあの香水の臭いがするんだなと思ったら何だか悔しくて、山田の身体を初めて噛んだ。
厚いお前の筋肉に、歯を喰い込ませて、自分の痕をつけた。
行かないで欲しいなんて言ったら、お前はまた目を細めて笑うんだろうか。
「ちゃんと俺が居なくても飯食えよ。身体鍛えても食わないと意味ねーぞ。さっきの飯もあんまり食べてなかっただろ」
「るっせぇな…お前が毎日こんな事すっから食えねぇんだろーが」
「ん…もしかして洗浄する為にあんまり食ってないのかよ」
「……じゃねーと出来ねーだろ。ボケ」
元々あまり食べる方ではないし、今は地下のトレーニングルームで鍛えるのが楽しいので飯は軽くでも問題ない。少し身体はふらつくが、俺もこの男とセックスがしたい。こんな事を言うと調子に乗るので黙っておこう。
「莉玖〜♡ごめんなぁ…でも俺、お前とセックス出来ねーのは嫌…」
「悪いと思ってんなら噛ませろ」
「ってぇ! お前! 噛むの強すぎ…」
どうか少しでも、お前の身体に俺が残る様に。痕が痛む度に、お前に俺を思い出して欲しい。
こんな事を考える自分は、本当に気持ち悪くて、吐き気がする。
いっそお前に出会わなければ、こんな気持ちにならなくて済んだのに。
好きになればなるほど、お前をいつか失う事が怖くなる。
一生離さないと言われても、彼は山田グループの後継者。俺とずっといる事が現実的じゃない事なんてわかっている。
だけど、この日々がずっと続けば良いって願うくらいは、許して欲しい。
普段信じていない神様とやらに、最初で最後の願い事。
ずっと山田と、人生を過ごさせて下さい。それが無理なら、彼の前から俺を消して下さい。
彼がそばに居ない日々に、俺はもう耐えられない。
(ああ、でもそれじゃ隼と動物園行けないか。ゆびきりしたもんな…)
「莉玖、何笑ってんだ?」
「何でもない…あ、歯形あんまりついてねぇな…」
「い…ッ…だから痛ぇって! 俺もお返しだ!」
「いってぇ! アホ! お前のが痛い!」
神様どうか、俺の願いを叶えて。
この日々をどうか永遠に。
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