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第七章 愛を叫ぶ狼達 7

「貴方達が、一生離れない為の計画ですよ」  あの日、ホテルで如月に言われたこと。  莉玖が俺のパートナーだと認めて貰うためには、最低でも二つの事を達成しろと言われた。  一つは、莉玖が俺の仕事をサポート出来る様な人間になること。  親父が提示した、俺と結婚するパートナーへの条件。「家柄の良い後継を産める身体」「仕事の補佐が出来る頭脳」  前者は無理。だけど頭脳なら、死ぬ気で叩き込めば出来る。  勿論、それだけであの男は納得なんかしない。だけど莉玖が如月ぐらいの仕事が出来れば、俺のパートナーとして認める確率は今よりも高くなるはずだ。  多分、親父は同性を好きになることに対して嫌悪感はそんなにない。頭は硬いが、如月の性趣向について特に驚いてはいなかった。  あの男が、莉玖を俺のパートナーとして認めない一番の理由は「後継を産めない身体」。  だが、同族経営におけるメリットはうちの企業ではそんなになく、俺が社長になる世代ではデメリットの方が大きいのでは? と如月は言っていた。 「同族経営でなくても、山田グループは拡大出来ると示す為に、優秀な役員や社員を育成するプランを立て、実行出来るようにならないといけません」 「それが実行出来たら、莉玖は俺のパートナーとして認めて貰えるのか?」 「いいえ、それだけじゃ到底社長は納得出来ません。悠矢様にやって貰うのは、山田グループの更なる世界展開です。勿論展開させるだけじゃ駄目です。利益も出すこと。収益じゃないですよ、大事なのは利益です」  新しい地域へ山田グループの新しいホテル展開。親の金で贅沢な暮らしをする高校生で、セックス三昧のクソガキだった俺は、その提示された内容にあまりピンと来なかった。 「で、俺は何をすればいい訳?」 「細かい事は明日資料にしますが、悠矢様は変わらず向こうの大学に向けての勉強を継続。莉玖様は日本の大学への進学に向けての勉強をメインに、語学留学、言葉遣いやマナーについても並行して学んで貰います」 「……莉玖が、大学。え、でもそうなると…」 「お二人が一緒に暮らせるのは悠矢様がアメリカに行くまで、ということです」 「え…えーーっっ!?」 「向こうに行ってもそこからパートナーの条件を満たすまではあまり頻繁に会えないと思って下さい。まぁ、長期休みの時に少し会う時間はありますよ」 「す、少し…」  少しって、どのくらい? 現実を直視したくなくて、思わず天井を見る。ああ、ウチのホテルは天井も綺麗だなぁ。 「因みに悠矢様がアメリカにいる間は、私は莉玖様につきっきりで教えるので、アメリカ生活は松下がサポートします」  天井に向いていた目が如月に向く。彼の顔はいつも通りの笑顔。つきっきりで、サポート。ダメだ、絶対にダメ。絶対セックスするじゃねーか! 何をサポートする気だ? 「ああ、でも私からは襲いませんよ。莉玖様がヤリたくなった時のディルド代わりにして貰うので」 「ダメだ! っていうか嫌だ!」 「恋人のこと、信じられないんですか?」 「いや、セックスに関してお前を信じてねーんだよ!」  それに莉玖の身体は、俺がいない間、きっと如月を無意識に求めてしまうだろう。あいつが拒否しても、もう彼の身体にはセックスの快感が染み込んでしまっている。俺とこいつの所為で。 「……彼が欲求不満でどうしても我慢出来なくなって、悠矢様と私以外の男とヤッてしまったらどうします?」  殺す、その男を殴り殺す。そんな結論しか出てこない。そう言われると、まだ如月とヤッてるのは自分を納得させられる。クソ、こんな事で納得してんじゃねーよ自分。 「まぁ、セックス云々は置いといて、貴方がアメリカに行って莉玖様が大学を卒業するまでは休職します。私だって、人生懸けてますから彼の邪魔はしませんよ」  休職、という事は無給。そう考えると、流石にそこまでやってくれる如月を疑うのは悪くなってきた。如月の給料が高いのは知ってる。貯蓄も多分ある。だけど莉玖が卒業するまで、最低でも四年。俺のサポートは松下がやるとして、親父がそれを許すのだろうか? 「四年も休める訳?」 「社長には、悠矢様がアメリカに行ってる間休暇を取りたいって前から言ってたんですよ。松下にも言ってます。ただ、社長曰く、絶対戻ってくるのが条件だそうです」 「お前、すげーな。めちゃくちゃ信頼されてんじゃん。俺じゃなくて如月が息子の方が良かったんじゃ…」 「……息子は貴方じゃないとダメなんですよ。本当のお母様と社長の息子の貴方じゃないと。社長は不器用だから、全部裏目に出るんですよね…」 「……親父の話はすんな。気分悪いから」 「とりあえず、休職中は株やFXで小金は稼げるし大丈夫です。あ、莉玖様もシャワー済ませたし、これで一旦終わりましょうか」  細かい内容は如月が明日説明すると言われ、俺たちは屋敷に帰った。本格的にやるのは明日からということで、その日存分にイチャついた。次の日からの地獄も知らずに。 「これが、お二人の一日のスケジュールです」  次の日、ダイニングで朝食を取る俺たちに、如月はタブレット見せた。そこには、二十四時間の内訳が書かれた二つの円グラフ。起床時間から就寝時間まで、ビッシリと円の中に文字が詰まっていた。一日の自由な時間は、夕食後と就寝前の三十分ずつだけ。 「これは、平日です。こっちは休日」  如月の指がスライドすると、また同じ様な円グラフ。俺と莉玖は、パンにバターを塗る手を止めて、それを凝視する。しかし、どう見てもアレが出来そうな時間がない。  円グラフを見て「は…?」と首を傾げる俺を見て如月の疑問の声が飛んだ。 「悠矢様どうしました?」 「なぁ…これ、平日も休日もセックスする時間ないんだけど」 「ありませんよ、そんなの」  俺の手から、バターナイフがポトリと落ちる。莉玖が「あんまり出来なくなる」と言っていたのはこの所為か。 「じゃあこの就寝時間でやるからいいし」 「何言ってるんですか。寝るのは別々です。お二人は食事以外あまり近づかないで下さい。すぐセックスするので」  そうは言われても、俺が我慢なんか出来る訳がない。如月の目を盗んでやるしかないな、なんて考えていると、如月の視線が鋭く俺を刺した。 「悠矢様、本気でやってくれないと困ります。お二人は人生を捧げるって言いましたよね? 正直、このスケジュールを忠実にこなしても、お二人が目標を達成するのは夢物語に近いです。だけど莉玖様をパートナーにしたいなら、これが私の考える、最も現実的なプランです」 「それは…そうだけど…」  如月の溜息の音がする。いや、俺もこの期に及んでセックスとか何を言ってるんだと思う。 だけど、アメリカに行ったらもっと出来なくなる。せめて日本にいる間は、莉玖の身体を堪能しておきたい。 「莉玖様はどうですか? セックスする時間、要りますか?」  莉玖の視線が俺を見る。彼も俺に呆れているんだろうか。やっぱり身体目当てなのかと、悲しんでいるかもしれない。  俺と如月の視線が莉玖に集中する中、彼の口が開いた。 「俺も、悠矢がいる間は出来るだけ…し、したい」  下向き加減で恥ずかしそうに答える彼の顔は真っ赤で、思わず目を抑えた。ほぼ毎日恥ずかしい所を見せ合っているのに、素の時はこんなに奥ゆかしい。可愛すぎて今すぐ抱きしめたい。  如月はまた溜息をついて、休日に一時間だけ二人で過ごす時間を捻じ込んでくれた。 「あっあっあっ♡おかしくなるってぇぇ♡あ〜ッ♡」  莉玖の陰茎から白い液体が放出された瞬間、サイドテーブルに置いたスマートフォンからピピビ…と電子音が鳴る。 「ウソだろ…待って…俺あと少し…」  俺がフィニッシュに向けて高速でピストンしようと莉玖の腰を掴む。すると部屋の扉が開き、如月が「ピーッ」とホイッスルを吹いて松下と共に現れた。 「さぁさぁさぁ悠矢様! 復習の時間です! 勿論シャワーを浴びる時間はございません! それ込みの一時間ですよ!」 「ちょっと待って…あとちょっとでイクから…」 「ダメです。時間厳守。松下! 連れて行って下さい!」  松下は申し訳なさそうに莉玖から俺を引き剥がした。 「あっ…松下…待ってマジであと少し…」 「すみませんすみません! 俺も辛いんです…」  申し訳なさそうに全裸の俺を引きずっていく松下。悪あがきでベッドにしがみついても松下と如月は簡単に引き剥がす。達してグッタリとした莉玖を置いて、俺はそのまま廊下を引きずられ、自分の部屋へ戻された。 「あ〜〜嫌だ〜〜! もっとセックスしたい〜〜!」 「だからこんな時間作らない方が良いと思ったんですよ。余計やりたくなるでしょう? 悠矢様、もう五分無駄にしてます。これは未来の貴方達の為なんですから、我慢して下さい」  如月は裸の俺にガウンを着せ、問題集が山積みの机の前に座らせた。 「なぁやっぱり足りねぇって…時間九十分なら…」  俺の提案に、如月は「悠矢様!」と厳しい顔をした。その迫力に俺の身体が跳ねる。 「将来莉玖様と別れる気なら、セックスは存分になさって下さい。だけど彼を正式なパートナーとして社長に認めて欲しいのなら、これぐらいは我慢して下さい。一生捧げるって言葉は嘘ですか?」  その言葉に「ぐっ…」と言葉が詰まる。そうだ、俺は命だって捧げると誓ったじゃないか。 「……嘘じゃねぇ。悪りぃ。我慢する」 「すぐ慣れますよ。とりあえず今は昨日やった所の復習。わかりましたか?」 「はい…」  それから俺たちの毎日は、目まぐるしかった。特に莉玖は、十七歳からの本格的な受験勉強。如月がつきっきりの為、俺はまたセックスをするのでは危惧していたが、そんな心配をする自分が恥ずかしくなる程に二人は本気だった。少しでも俺のパートナーになる可能性があるならと、毎日頑張ってくれていた。 「斗真、これわかんねぇんだけど」 「どれですか?」  リビングでの自由時間も莉玖は問題集を離さない。息抜きも必要だと言ったのだが、彼は時間が足りないと言って、ずっと勉強していた。 「なぁなぁ莉玖〜♡俺にも聞いて」 「要らねー。斗真に聞く」  莉玖は俺に見向きもせず、ローテーブルで勉強している。目の前に向けられる背中。こっちを向いてくれなくてさみしい。 「お前なぁ、俺は頭良いんだからな? ほら遠慮すんな!」 「……じゃあこれ」莉玖は渋々問題を指差す。 「どれどれ…あ、やばい…髪の毛良い匂い…」  後ろから覗き込んだ所為か、俺の身体はそのまま莉玖に抱きついてしまう。 「おいっ! だから嫌なんだよ!」 「自由時間だからちょっとくらいいいだろ」 「んんっ…耳舐めんなって!」  耳輪を口に含むと、莉玖は可愛い声を出して身体を揺らす。ああ、何て可愛いんだろう。少しぐらいこんな事がないと、勉強漬けで狂いそうだ。すると、俺たちの前にぬっと黒い人影が過ぎる。 「悠矢様…貴方って人は…松下! 連れて行って下さい!」  呆れた顔の如月が廊下に向かって叫ぶと、松下が犬のように走ってくる。 「あっ如月っ! 違うっ! 待って! まだ自由時間…」 「すみません悠矢様、俺も辛いんですっ! 失礼しまーっす!」 「あぁあぁあぁ莉玖〜〜ッ! もう少し莉玖をくれ〜〜ッ!」  俺はそのまま松下に抱えられ、部屋に連れて行かれた。 「真面目にやってる莉玖様に二度とちょっかい出さないで下さい。さ、莉玖様さっきの続きしましょうか」 「悠矢って、本当に大丈夫なのか? 俺が不安になってきた…あいつはセックスさせた方が捗るんじゃねーの?」 「セックスの回数を減らしたのは、貴方の負担が大きいからですよ。今の悠矢様に養って欲しいのは、我慢する力ともっと広い視野を持って貰う事ですから。莉玖様はご自分の事だけ集中して下さい」  如月と松下という鉄壁に阻まれ、莉玖に接近するなと言われた俺は、心を入れ替え語学と経営学の勉強に加えてFXで資産運用を始めた。  ホテルで莉玖に言われた「家出てどうすんの? ホームレス?」あれは地味に効いた。俺は、山田の家を出たら何も出来ないと気づいたからだ。その為に、自分の動かせる金ぐらいは作っておきたい。株じゃなくてFXの方が、資金が少なくても始められるので、俺みたいな初心者には持ってこいだ。  だが、投資対象が通貨なので国の政策や国際情勢などで大きく変動する。世界経済、通貨、為替、統計学の知識が必要のため、毎日ニュースや新聞、ネット記事に目を通す。これが結構疲れる。ニューズウィークなどの情報誌は、勉強の一環として日本版の他に、英語版も読む様に如月に言われた。自分の口で細かいニュアンスも伝えれる様になる為に、沢山英語に触れろと言われた。 「向こうで暮らせば大体わかるようにはなりますが、今からやっておいて損はないです。知識は無駄にはなりませんから」 「……日本にいる時ぐらい日本語で…」 「莉玖様はあんなに頑張ってるのに、悠矢様は言い訳ばっかりですね。一緒になる気がないなら、私が彼を貰っちゃいますよ」 「わかったって! 読む! 読むって! 莉玖は誰にもやらねぇ!」 「だったらいいですけど。あ、自由時間のTVもCNNとBBCオンリーにしましょう。リスニングの練習です」 「はい…」  俺が渋々返事をすると、スマホの電子音が鳴る。親父からだ。俺が食事も電話も無視しているので、元からあまり会話しないが、最近は更に喋っていない。 「何だクソ親父。どの面下げて電話してきてんだ」 「お前が電話してこないからわざわざかけてやったんだ。あのペットがまだいるのか気になってな。あの様子だとすぐに出て行くと思ったんだが」  アメリカ進学まで待つとか言ってた癖に。やっぱりすぐ別れさせたかったんじゃねーか。 「……おいクソ親父、莉玖に何かしたら殺すつったろうが。言っとくけど、絶対莉玖をパートナーにするからな」 「それは、あのペットを飼い殺しにするという意味か?」 「ちげーよ! おい、二度と莉玖に対してそういう言葉を使うな。俺は、彼を正式なパートナーに迎えて社長になる」 「……話にならんな。斗真に代われ。横にいるんだろう?」  俺は無言で如月に通話を代わった。最初から如月に電話しろよ。 「斗真です」  如月の返答からは、親父に何を言われているかまではわからない。俺は、話している如月の顔をじっと見つめるしか出来ない。 「……まぁ、悠矢様に三十歳まで猶予を下さい。後継はそれからでも間に合うでしょう? ええ、あとはお好きに。はい、失礼致します」  如月は「はい」とスマホを渡してきた。結局、俺が三十歳の誕生日までは縁談については待つとの事。しかし、それ以降は有無を言わさず親父の連れてくる相手と結婚。 「いや、何勝手に決めてんだよ!? 結婚なんかしねーぞ!?」 「それまでに認めさせればいい。もし無理なら諦めて山田家と縁を切って死ぬ気で逃げて下さい」  成る程。結局俺は死ぬ気で頑張るか、死ぬ気で逃げるの二択。しかし、親父は本当に如月だとスムーズに引き下がる。というか、口では勝てないんだろうな。 「あと十三年…。なぁ、それだけあったら余裕で計画達成だろ?」 「早くなるのも、遅くなるのも、お二人の頑張り次第です」  (ぜってー認めさせてやる…逃げねーぞ俺は…)

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