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#5

 写真を渡したら、もう過去のことだと割り切ろうとしたのだが、逃げ道をふさぐような内容や他愛もないラインが届くようになり、藤埜親子と時たまに遊ぶ関係になっている。  彼と関わらないと決めていたのに、別れた後の寂しさが、意思をぐずぐずに溶かしてしまった。 「時希(とき)、おとになついてよかった」  寝たら音和が帰ってしまうと思って、なかなか寝ず薄目を開けて確認している彼につられて、うたた寝してしまったらしく、藤埜が音和のデジイチで写真を撮っていた。 『家族って感じでいいな』  しみじみと呟いていた彼の表情と声色に、こういう光景を望んでいたのかと腑に落ちた。なんでもないだけど、突然消えるかもしれない温かく幸せな時間。 「で、あの写真と俺を置いていった理由は? どうせ、もう二度と会わないつもりだったんだろ?」  皿を交換し、お互いのパスタを味見する。 「まあそうだけど」 「お見通しなんだよ」  今日のお礼と言いながら紙袋を手渡してくる。カバンの中に仕舞う。 落ち着いた雰囲気とBGMが、学生時代によく行っていたファミレスと違っていて、そういう場所が似合う歳になったのだと改めて実感させられる。  高校時代の癖で、奢り合う習慣が残っているし、まだ好きなものを忘れていない。  ていうことは、少しは憶えていてくれたということなのだろうか。 「時希くん、結構活発で追いかけるのが大変だった」  おとなしいかと思いきや、公園行くとアスレチックで遊びまわる彼をカメラに収めながら、追いかけていた。よその子を預かった以上、何かあったら大変だし、藤埜が悲しむ顔は見たくない。 (おとなしいし、彼と似て人懐っこくて、カズの小さい頃を見ているみたいで、可愛い) 「そうなのか? あんまり動かないから、外遊び苦手なのかと思ってたけど、俺を気遣ってくれていたのかな? マジ反省」  高校生から使っているデジイチで撮影した、明るいくせ毛をぴょこぴょこ跳ね、くしゃりとした笑みを浮かべている写真を見せる。やっぱり藤埜と似ている。もし、彼の子どもじゃなかったら、こんなに愛せないかもしれない。  地面に落ちているどんぐりを拾い指差しながら、『これはね、おとさん、パパ、僕の分なの』と手渡ししてくれた。奥さんの分が入っていないのは、少し気になっていた。 「可愛いね、カズの子ども。すごくいいモデルだよ」 「ありがとう。そう言えば、時希くんの今日の洋服、カズが作ったんだろ?」 「なんで?」 「きらきらした笑顔で教えてくれたんだ。礼儀正しいのは、カズやカズの両親がしつけたからだろ? 立派だよ。弟子を教えるのに精いっぱいの俺からすれば」  今日は一張羅を着てきました、と自慢げな顔で言われ、丸襟のカラーシャツに、トレーナーを着た時希は、父親を真似しているのか、とてもおしゃれだった。 「おとも、教えるようになったんだ」 「まあね。それにしても、結構憶えているもんだな」 「だな。嫁さんの好きなもんは何一つ憶えていなかったのに、おとのはすぐ思い出せた。何だろうな、この違い」 「きっと、思春期のいい思い出だからさ、憶えてられたんじゃない?」 「俺は、思い出にはできなかったよ。だから、独り身になったというか、最初から父親役しかやってなかったけどな」 「冗談はよせよ」 「ホント。嫁さんは4歳の時に、事故で亡くなった。眠剤飲ませて、勝手に腹に乗っかった女に恋情なんか湧かないぜ。ずっと、おとが好きで、探した矢先にこれだったから、再会するのが遅くなったんだ」  さらりと爆弾発言をする彼に、どう答えていいのかわからなかった。ご愁傷様? つらかったね、それとも、よかったね。 「そんな顔するなって。俺には……お前だけだ。おとを忘れられない。なあ、俺と別れたのは、子どもができないから?」  最後の一口を食べる。 「俺は自分の血のつながった子どもじゃなくていい。おとと育てていけたらそれでよかった。お前がいない時間、どんな気持ちで過ごしていたのか……」  だから、あんな顔をしていたのか。彼の夢はただ単に、子どもを持つことではなく、音和と暮らしながら、いつか二人で子どもを育てることだったんだ。  それを勘違いして――都合のいい解釈をしたくなくて、捻じ曲げたのは自分だった。当たり前の幸せや彼と歩く未来を放棄した最低な奴だ。 「俺も同じだよ」  人前でキスしそうなほど甘く濃厚な雰囲気が漂っていた。 「やり直そうって言う前に、一つ訊いていい?」 「俺に子どもがいたから、こうして会ってくれるのか? まだ独身だったら、付き合おうと思わなかった?」 「それは…」  視線が泳いだ。彼に子どもがいてよかったと思った。自分じゃ叶えられない夢をかなえた姿を見て、内心喜んだ。  それと同時に、亡くなった奥さんを邪魔者だと思ってしまったのもまた事実だ。  でも、藤埜が好きな気持ちは変わらない。なんでもう一度好きになったのかよくわからないのだ。 「ごめん」 「何がごめん?」 「わからない。時間が欲しい」 「わかった。心の整理がついたら連絡して」  藤埜の家に荷物を取りに行って、誰も見送りに来ない様子を見てホッとする。明日の朝、ちらりと様子を見にこればいいと思いつつ、スマートフォンを取り出す。  深夜に電話するのは悪いと思いつつ、月城(つきしろ)に電話をかける。藤埜の紹介で、高校時代からの付き合いである彼は、冷静な判断を下してくれる。  通電したのを確認し、一気にまくし立てた。 「つまり、ひどい言い方をしますと、子どもという付属品付きの藤埜がいいか、付属品なしの藤埜がいいかということですね?」  ひどい言い草に笑いがこみ上げてきたのと同時に、息子に嫉妬するなと言いたくなる。 「そういうことらしい」 「ではどうして、藤埜と別れたのでしょうか?」  低く慇懃無礼で落ち着いた言い方が、ぐちゃぐちゃになった気持ちという糸をほぐしていく。 「それは以前、話しただろう?」  自分から振った夏祭りの帰りにアルコール飲料を買って、愚痴を垂れ流して長電話をする失態をしたらしい。会うたびに、月城が心配する。 「そうでしたね、失礼いたしました。彼が望むものを手に入れられない障壁や邪魔者になるのが嫌で逃げてしまったのなら、これから先、大変ですよ?」 「確かに。母親がいなくて、父親が2人」 「そうです」 「逃げないよ。でも、邪魔になるんだったら、」 「また逃げますか? 逃げてばかりで一向に解決しませんね」 「そんな言い方ないだろう?」  図星だった。自分さえいなければ解決するということは、逃げるということ。逃げれば、向き合わずに済むし、痛い思いをしなくていい。結局、自分を守るために必死になっているだけ。 「俺、結構ひどいことをした?」 「それは藤埜に訊いてみないとわかりません」 「ありがとう。わかった気がする」 「例えば、逃げ続けるのか、逃げずに立ち向かうのか。そう考えれば、簡単でしょう?」 「確かに、そうだな」  切電して、これまでの行動をもう一度思い返す。  彼の息子を手放しで可愛がれるのは、他人だから。面倒なことをせずに済むし、話題探しをしなくて済む。藤埜と会える。  最低だ。本当に最低な、逃げ癖がついたみっともない奴。コートを着ていても寒さが身に沁みった。

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