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見惚れる背中 side朱斗
仕方が無い事なんだ。
ここで見せる笑う口元も伸ばす手も逸らした綺麗な横顔もその樹矢の視線も全部俺のフィルターを通して何十、何千、何万もの人が見て心を動かされるんだ。
それを独占する事は一度たりとも出来なくて、そこに嫉妬心も焦燥も覚えない。
「お疲れ様でしたー」
俺達が恋人に戻ることを許されるその掛け声。
さっきまでクールに決めていた表情はスイッチをオフにするとにこやかな太陽になる。
どの樹矢も変わりない、樹矢だ。
「瀬羅さん。今日、どうですか?」
同じく雑誌の撮影で一緒だったモデルの一人が撮影の終わりを見計らったかの様にスタジオに現れて樹矢を誘う。
声を掛けられた樹矢は、チラリとほんの一瞬俺を見る。
「あー…ごめんね。先約あるんだよね」
「そうですか。じゃあ、またの機会に誘います。お疲れ様です!」
すんなりと去っていくそのモデルに対して、優越感を覚えたのは否定出来ない。再度目が合った樹矢は、苦手なウインクを俺に決めて鼻歌交じりで着替えに行った。
―――
「樹矢」
名前だけを呼ぶ。
相手が一人しか居ないこの空間で呼ぶ。なんて贅沢なんだろう。
寝ている樹矢は、名前を呼んでも返事は無い。
布団を被れば、俺からすると大きく筋肉質だけれど薄くて細い背中に腕を回して抱きしめる。
ふんわりと樹矢の温もりが俺の全身を包み、幸福感を無意識に与えてくれる。
(これは、俺だけの……)
ゆっくりと目を瞑り、暗闇に落ちていった。
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