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第2話
自分は偽物の優等生だ。
青い瞳とダークブロンドの髪はアメリカ人である父譲りだ。だが、父親の顔は知らない。
母親は毎日男を家に連れ込むような母親で、お世辞にもいい母親だとは言えなかった。中学に入る頃には柄の悪い仲間と知り合い、ろくに学校にも通わず麗音は荒れて行った。
麗音が中学2年の時、突然母親が結婚すると言ってきた。相手は当時働いていたスナックの客で、会社を経営する社長だという。その時は勝手にすればいい、そのくらいに思っていた。だが、義父になる男に会ってみると、とても穏やかな優しい男で見た目こそ頼りなさげに見えたが、その隣にいる母親の幸せそうな顔を見た時、泣きそうになった。初めて見た表情だった。自分といる時ですら見た事のない幸せそうな顔。
自分のせいで、母親の幸せを奪ってはならない、そう思い更正する為に、今まで怠ってきた勉強を必死にやった。
だがその反面息が詰まる事もあり、無性にタバコ、酒、セックスが恋しくなる瞬間があった。結局、それを完全に止める事はできず、時折昔のように街に繰り出してはストレスを発散させていた。
母親が結婚した年、弟が産まれ、弟が産まれると自分はこの家を汚しているような気持ちになり、義父に無理を言って高校入学と同時に家を出た。今では一人暮らしをいい事に、好き放題やっていた。
週が明け、いつもの優等生の『真島麗音』に戻る。基本、誰かとつるむ事はない。何かの拍子に優等生ではない自分が出るのではないかと考えると、人付き合いが面倒に思えた。
移動教室から自分のクラスに戻ろうと廊下を歩いていると、大きな体が目に入った。神だった。先日の事が頭をよぎり、無意識に顔を伏せ神の前を通り過ぎようとした。
「真島」
不意に低い声で名を呼ばれ、振り向くと神がすぐ後ろに立っていた。
「な、なに?」
「ちょっといいか?」
射抜くように黒い瞳にじっと見つめられられ、一瞬金縛りにあったように体が動かなかった。神は歩き出すと、仕方なくその後をついて行った。三階の階段の踊り場。通常誰も人が寄り付かない場所だ。
麗音と神が向き合うと、
「土曜日は助けてくれてありがとう」
そう言って神は大きな体を折り曲げた。黒い短髪頭のつむじが目に入る。
ドキリと大きく心臓が鳴った。
「土曜日って何の事?」
動揺を隠しつつ惚けてみせた。
「不良に絡まれたとこ、助けてくれたのおまえだろ?」
神はあの時のハルトが麗音であると信じて疑っていない様子で、麗音の言葉にキョトンとしている。
ハルトと呼ばれた自分がなぜ真島麗音だと確信しているのか。
「言っている事がわからないな」
誤魔化すように麗音はズレてもいない眼鏡を押し上げた。
「何で違う名前で呼ばれているのかはわかならないけど、あの時助けてくれたハルトって人は、真島なんだろ?」
「だから!知らないって……!」
肩に圧を感じたと思うと神に肩を掴まれていた。
「青い瞳。こんな綺麗な目、おまえ以外に誰がいるんだ?」
「離せ……」
自分とは違う真っ黒な瞳がすぐ目の前にある。元々目力の強い神の目力を更に強くさせ、神をまともに見る事ができない。
「で?ハルトが俺だったら何?普段優等生ぶってて、裏ではあんな奴らとつるんでて、それをネタに脅すつもり?」
「脅すって!そんなつもりじゃ……ただ、ちゃんとお礼を……」
そう言って神は首を大きく横に振った。
「こんなわざわざ呼び出して?綺麗事言ってんなよ」
麗音は眼鏡を外し、その青い瞳を露わにすると神を上目遣いに見つめた。
「俺もさ、ここじゃ良い子で通ってるわけ。あんな奴らと遊んでるのバレたらマズイんだよね」
「俺は誰にも言わない」
「そんな保証ある?」
「言わない。ただちゃんとお礼を言いたかっただけだ」
「神君は俺と違って本物の優等生だねー」
麗音は含み笑いを浮かべたまま、神の首に自分の手を回した。身長差がある為、神は少し屈み込むような形になる。普段無表情な神の顔が戸惑いを見せていた。それが面白くなり、麗音の悪戯心をくすぐった。
目の前にある神の唇をペロリと舐めた。
その瞬間、神の顔は真っ赤になっていく。
「な、何して……!」
「キス、した事ない?」
互いの息遣いを感じる距離で呟くと、麗音はそのまま神の唇を塞いだ。神は全身を強張らせ、更にどんな反応をするのか興味が湧き、自分の舌を神の口内差し入れた。されるがままの神の舌が徐々に動き始め、拙いながらも麗音の舌を必死に絡め始めた。
(ヤベ……気持ちいい……)
からかい半分で仕掛けた神へのキスに、自分が夢中になっていた。
踊り場にクチュクチュと水音がいやらしく響き、神の手はいつの間にか麗音の腰を掴み、互いに貪るようにキスを続けた。
予鈴が鳴り、やっとそこで唇を離した。名残惜しむように唇を離すと、舌先から銀色の糸がいやらしく引くのが目に入った。
「男とキスしたなんてバレされたくなかったら、あの事言うなよな」
そう言って、スマホの画面を見せた。
「いつの間に……」
少し驚いているように見えたが、目に見えて動揺しているようにも見えない。
踵を返し、教室に戻ろう神に背を向けた。
「真島!」
名を呼ばれ振り返ると、
「あの事言われたくなかったら……」
そう言葉を切り、
「また、俺とキスしてくれ」
神はそう言って、勢い良く階段を駆け下りて行った。
「は……?」
弱みを握ったつもりが逆に脅されてしまった。そして何より、あの堅物の優等生の言う言葉なのかと心底驚いた。
その反面、堅物で無表情な神の違う顔をもっと見てみたい、そう神に対しての興味も湧いた。
(どこまであいつの乱れた顔見れるかな?)
麗音は自分の唇をペロリと舐めた。
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