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第4話
それでも昼休み、いつものように二人はキスを繰り返した。
一度唇を離すと、
「神」
麗音は神の肩を軽く押した。
「おまえ、どうしたんだ?あの学力テストの順位」
「あー」
神は荒っぽく頭をガシガシとかくと、その場に胡座をかいた。
「苦手なとこが重なったのと、ヤマが外れた」
「ヤマ?おまえ程の奴が、ヤマ勘するかよ」
「そんな事ないよ。俺、英語ダメで、今回の英語全然ダメだった。英語が足引っ張っちゃって」
「テニスも調子悪いって聞いたぞ。集中してないって」
神は麗音の言葉にハッとしたように、目を見開いた。
「そんな時もあるよ」
麗音は一つ大きく息を吐くと、
「もう、おまえとこういう事するの止める」
意を決してそう伝えた。
神は瞬間、泣きそうな顔になり麗音の肩を強く掴んだ。
「な、なんでだよ!嫌だ!」
まるで子供のように神は麗音の肩口に顔を埋めた。胸が締め付けられそうだった。
「おまえは俺と違って本当の優等生だ。俺みたいな人間、おまえの側にいちゃダメなんだよ。女ならまだしも俺は男だし、おまえ男が好きなわけじゃないだろ?」
相変わらず麗音の肩口に顔を埋めている神の黒い髪を優しく撫でた。
「おまえがいい……」
涙声でそう呟やかれ、麗音の胸が再び痛んだ。
「俺の何がいいんだ?この青い目か?確かにこの目は、アメリカ人の父親譲りだ。でも、その父親の顔は知らない」
その言葉に神は顔を上げた。少し涙の跡が付いている。
「うちの母親が昔、米軍基地の近くの飲み屋で働いてて、よくアメリカ人と寝てたらしくて、どれが父親なのかわからないらしい。そんな母親だからまともに育児なんてできるわけなくて、俺はろくに学校にも行かず、荒れてったよ。中学じゃいつも警察の世話になってたし、悪い事は一通りした」
神は麗音の話しを聞くために、体を離すとじっと麗音の言葉に耳を傾けている。
「でも、中学二年の時、母親から結婚するって言われた。相手は大きな会社経営してる社長で金持ち。玉の輿に乗れるチャンスだから母親も必死だったと思った。俺を見る目がいつも怯えてて、ああ、俺が邪魔なんだなって」
「そんな事思う親はいない」
「どうだろな、うちの母親は。生活の為に体売るような女だぜ?」
そう言うと、神は言葉に詰まり目を伏せた。真面目な神には想像つかない事なのかもしれない。そんな生活をしている人種がこんな身近にいるとは思わなかっただろう。
「でも、義父が凄えいい人でさ。こんな俺にも良くしてくれたよ。その隣にいる母親がさ、凄え幸せそうなんだよ。その顔見たら、これを壊しちゃダメだって思った。俺のせいでこの人たちの幸せ奪っちゃダメだって。だから、表面だけでも優等生を演じた。結婚した年に弟が産まれて、何となく自分の居場所がなくなった気がして高校入学と同時に一人暮らしさせてもらった。それをいい事に、また悪い連中と遊び始めた。やっぱり俺はこっち側の人間なんだ、って実感したよ」
人にこんな話しをしたのは初めてだった。生きてく中で、この話しをする時が来るとは思いもしなかった。
「蓋を開ければとんだインチキ優等生。俺とおまえじゃ住む世界が違うんだよ」
「なんだよ、住む世界って……今現に一緒にいるだろ!」
神は麗音の肩を掴まれたが麗音はその手を振り払った。
「育ちのいいおまえにはわかんねぇんだよ!俺はいていいのか?なんて、おまえ考えたことあるか⁈どうせ、おまえは何一つ不自由ない生活を与えられて、家族に宝物扱いされて育ったような奴と、俺みたいな人間が一緒にいれるはずなんてない。一緒いたっておまえに悪影響を及ぼすだけだ」
「そんな事ない!」
神は麗音の手を握ると、その手を自分の口元に寄せた。
「麗音といると凄く心が暖かいんだ。ずっとキスしてたいし、もっと触れたいって思う。愛おしくて、ずっと一緒にいたい、初めて人に対してこんな風に思った」
神は麗音の目元に唇を落とした。
「おまえは覚えてないかもしれないけど、一年の頃廊下でぶつかって、おまえの眼鏡が外れたんだ。その時その青い瞳を初めて間近で見た。なんて綺麗な目なんだって。もっとその目を見ていたって。そう考えてたら、ずっと麗音を目で追うようになってたよ」
正直、麗音にはその記憶はなかった。
「だからこんな風に麗音と一緒にいられるようなって、俺凄く嬉しい。おまえを産んでくれたお母さんに、俺は感謝したい。お母さんがおまえを産んでくれなかったら、出会えてなかったから」
神はもう一度麗音の手に触れ、愛おしそうにその指を撫でた。
麗音の鼻の奥がツンとし、涙がこみ上げてきた。そんな言葉をかけてもらえる日が、自分に来るなんて思いもしなかった。
「誰にも大事にされてないような言い方してるけど、俺にとって麗音は宝物だよ」
瞬間、涙が溢れた。
そんな事を言われるほど、自分は綺麗な人間じゃない。いとも簡単にそんなセリフを言う神は、やはり自分とは住む世界が違うのだと痛感した。
「綺麗事ばっかり言うな!俺が綺麗なはずねえだろ!おまえといると……余計に惨めになる……」
麗音は握れた手を振り払うと、神を残しその場を逃げるように離れた。
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