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第3話
それから数日後のこと。
待ち合わせはわかりやすくスタジオに近い喫茶店で。入口から見えるソファーの席に腰を落ち着けた俺は、わかりやすく番組のロゴが入った袋を見えるようにイスの上に置いた。
時間より少し早めに来たからまだそれらしき人影はない。というか基本的にあまり人のいない喫茶店だ。お昼時には待ち時間もできるという店だから、単に時間帯が微妙なだけだろう。
ランプ風の照明がほどよく薄暗い店内に漂うコーヒーの匂いにつられ、頼んだのはカフェオレ。年齢だけではなく、ここでブラックを頼めるような大人の味覚になりたいものだと思いながら甘い香りを楽しむ。
さて、どんな人が来るだろうか。詳しい容姿は聞いていないから基本的には話しかけられるの待ちだ。
一度金髪にした後にうまく色が入らず、意図的じゃないミルクティ色になってしまった自らの髪を摘んで、これも目印になるだろうと軽く笑う。ラジオのホームページに毎回ラジオ後の写真を載せているからこちらの容姿はわかられているはずだ。
それにしても、もう少し運動をして筋肉がつく体質だったら待ち受ける際に迫力が出ただろうにと、カップを置いて長細いやら薄いやら言われる自分の体を見下ろす。夜型生活が長いせいで色も白くてヒゲもほとんど生えないから三十代に見られないことの方が多い。まあ威圧感はないからこの場合はいいか。
そんなことを考えつつ、ついでになにかお腹に入れておこうかとメニューを開いて悩んでいたら、いつの間にか時間が経っていたのだろう。目の前に人影が落ちて、ふと顔を上げた。
「あの、海道侑心さん」
目の前に立っていたのは、ハットを深くかぶり、大きなマスクをしただいぶ怪しい格好の男。
町中で会ったらとりあえずお巡りさんを探してしまいそうな怪しさだけど、俺の名前を呼んで声をかけてきたということは目当ての人物なのだろう。
「『青色2号』さん?」
普通の会話にはまず出てこないであろうラジオネームを口にすると、相手は頷きながらハットを脱ぎ、続いて少しためらった挙句にマスクを外した。
「初めまして。『青色2号』です」
「……え?」
ぺこりと頭を下げられ、自分の発言を肯定されたはずの俺が再度疑問の渦に飲み込まれたのは、それが知っている顔だったからだ。
知り合いではない。けれど知っている顔。いや、見たことがある顔、というべきだろうか。
「えっと……海道侑心です。今日はわざわざ来てくれてありがとう」
立ち上がって名乗りながらも、思考がうまく働かない。知っている顔と知っている名前が繋がらないのは、そこが繋がることにこそ違和感があるから。
戸惑う俺に、戸惑わせる自覚があるらしい相手が微妙に苦みの混じった顔で口を開く。
「……空木壮良です」
「だよね?」
本人からの名乗りで勘違いじゃないことを確かめて、とりあえずどうぞと前の席を勧めた。
やってきたウェイターにコーヒーを頼んだ後、改めて座り直したその姿を思わずしげしげと眺めてしまう。
この前大きなスクリーンで見たばかりの顔がそこにある。
空木壮良。今世間が大注目している人気俳優。顔がいい上に演技派で、アイドルのような人気があるけれどあくまで俳優の道を突き進んでいる青年。確か20代半ばくらい。
その彼がどうして目の前で、そのラジオネームを名乗っているのだろう。わかるからこそわからない。
「ん? どういうこと?」
なにがどうなっているんだと戸惑う俺の前で、彼は「『青色2号』です」ともう一度名乗った。
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