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今に見てろよ吠え面かくな
朋樹は飴色に輝く床を踏みしめた。課題の科白は「本当に嫌だと思ってる?」。
どんなシチュエーションで訊いているかといえば、あれに違いない。攻とやらが受の股間をまさぐるとかするときの定番の科白だ。
学園ものから遊郭ものまで読み漁った甲斐あって、その程度の推測がつくまでに進歩を遂げた。よって試しにオラオラ系で、
「本当に嫌だと思ってる?」
軽く椅子の脚を蹴って凌辱ものの要素も取り入れたつもりが、鼻で嗤われた。
「色気に欠けるのをカバーするため、なるべく耳許で囁くよう心がけなさい。吐息ひとつで勃たせてやるくらいの気持ちで」
「勃たせ……」
俺は風俗嬢じゃない、と怒鳴り返したい。だが、雇用主の機嫌を損ねてクビになったら死活問題だ。第一、やりもしないうちから白旗を掲げては男がすたる。
朋樹は一度目をつぶり、ゆっくりと開いた。俺の役どころは傲慢な社長を誘惑して調教するデモーニッシュな秘書、と自己暗示をかける。
テーブルに手をついて前かがみになり、挑みかかるように才賀を見据えた。
「本当に嫌だと思ってる?」
あくびを嚙み殺すさま、という嫌みったらしいおまけつきでバツを食らった。
からかうように、はたまた爽やかに。幾通りものパターンを駆使して再挑戦しても、合格点をもらえるには至らない。しごきぬかれているうちに、そろそろ夜明けだ。
「きみは根性だけはあるな。科白を言うときに早口になりがちな弱点を克服すれば、甘口のハスキーな地声が活きる」
「あざっした!」
才賀は鷹揚にうなずくと、帰宅するよう身ぶりで促す。それからスマートフォンの電源を入れて、眉根を寄せた。
渋面にどきりとした。
考えてみれば飲食店グループの総帥さまが、酔狂にもたかが一アルバイトのために時間を割いてくれたのだ。しわ寄せを受けて、不在着信がすさまじい数に達している様子で、才賀は猛烈な勢いでレスポンスしまくる。
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