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どこまで続くぬかるみよ

 ともあれ〝脱・ポンコツ〟と題するマンツーマンの指導は、連日に亘ってつづけられた。  表現力に深みが増したと劇団の主宰者からお褒めの言葉をたまわったのは、うれしい副産物だ。  次の公演では端役を卒業できるかもしれない、と希望に燃えるのはさておいて、才賀は相変わらず手厳しい。 「きみの台詞回しは上すべりで、BLならではの心を揺さぶるものを欲する者には物足りない。BLカフェごときにいらっしゃるお客さま相手にはこの程度で十分、と実力を出し惜しみしていないか」 「……常に全力投球っす」 「では、さらに精進したまえ。普段の生活で窮屈なものを感じている男性が、心置きなくキャッキャッできる憩いの場──この店のコンセプトは、それだ。きみも演劇人のひとりならわかるだろう。どんな形であれ人に夢を与える職業は素晴らしいと思わないか」  同感だ。朋樹が芝居の面白みに目覚めたきっかけは高校の文化祭の劇で、観客を楽しませるのが自分の使命だと思った。 「本当に嫌だと思ってる?」に駄目出しを食らう明け暮れのなかで街路樹が色づき、落ち葉が散り敷かれて、木枯らしが吹いた。  クリスマスには特別のイベントが催されるとのことで、寄るとさわるとその話題で持ちきりだ。どんな内容のイベントかといえば、えりすぐりの客数名を審査員に、ときめかせ度を競うとのこと。 「へえ、俺、優勝をめざしちゃおっかな」  スタッフ全員の失笑を買って闘志が湧いた。 「てっぺん()るのが稽古をつけてくれるオーナーへの恩返しだもんな」    そう高瀬に意気込みを語ると、   「あっさり手なずけられて。久世みたいに単純なのが特殊詐欺のカモなのかもねえ……」    ニベもない答えにむくれた翌早朝、朋樹は悪夢にうなされた。  息苦しさに苛まれて頭を打ち振るはしから横長の、且つ8の字状の硬い何かが頬をかすめる。逆にやわらかいものが唇に触れるたびに、切なげな吐息があわいをたゆたう。

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