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嵐の前の……

「危ねぇな、何やってんだよ」  朋樹は咄嗟にその指を引っ摑み、血を舐めとった。乙女モードを発動したようにレンズの奥の瞳が潤み、朋樹が頭をこづいて返すと、なおさら甘酸っぱい雰囲気が漂う。  視線が絡み、朋樹はふたりの歴史といった記憶をたぐった。  俺が劇団内のオーディションに落ちてヘコんでいるときはヤケ酒につき合ってくれた、夢は大河の主役とデカい口を叩いても嗤うどころか応援してくれて。  恋心をひた隠しに隠してそばにいるのは拷問ものに違いなくて、なのにおくびにも出さない。高瀬は最、最、最っ高! にいいやつで……、  殺気がみなぎる咳払いに総毛立つ。ぎくしゃくと(こうべ)をめぐらすと、才賀が世にも恐ろしい笑みを浮かべた。 「高瀬くん、久世くんのハートを射止めるのがわたしでも、きみでも恨みっこなしだ。ちなみにわたしのモットーは百戦百勝で、イベントの栄冠も必ず勝ち取る」    才賀が帰り際にそう宣戦布告していった十日後、クリスマス当日を迎えた。  スタッフは全員、役柄に応じた衣装を着て審査に臨む。常連の中から選出された十人の客が審査員を務め、各自十点満点の合計点で順位が決まる仕組みだ。  オーナーが参戦を表明した、それは必見だ、という調子でチケットは完売しているのにキャンセル待ちの列が開店前からできた。  本命視されるその才賀は粋な着流し姿で現れて、早くもときめきポイントを稼ぐ勢いだ。  ダークホースの高瀬は紺のブレザー姿で、初恋の君の面影がちらつくものがあるのか、一部の中年層にやたらとウケていた。  朋樹自身は黒いフロックコートをまとい、オールバックに髪を調えて白い手袋をはめた。  役どころは当主に烈烈とした想いを寄せつつも、主従の枠からはみ出すことがないよう自分を律する執事。  才賀を当主のモデルに構想を練ったことは否めない。ただ執事と、高瀬の立ち位置が微妙にダブるぶん彼を傷つけてしまいそうで、気がとがめる。

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