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ゆっくりじゃあダメですか?(4)

「智春って、そう呼んで……」 今にも唇が触れそうな距離で、藤川さんが呟いた。とろんとした瞳に吸い込まれてしまいそうだ。  ふるふると首を振り、冷静さを保つ。 こういう時にどうすべきなのか分からないから困惑する。 彼がどういうつもりなのか読めないし、とにかくひたすら頭の中で円周率を唱える。かと言ってそれも覚えているわけじゃあないからすぐに途切れてしまって。 あぁ、本当に。藤川さん、貴方はどうして欲しいの? 「藤川さん、」 「……だからっ、」 「ちょっと俺の話を聞いてよ。ね?」 とりあえず落ち着いてくれと、絡み付くように俺に触れていた藤川さんの手を解いた。少しの距離を取って、視線をぶつける。 拗ねて突き出された唇が可愛らしいと思ってしまったけれど、そんなことを考えている場合ではない。 「名前呼び、そんなに呼んで欲しいのなら構いませんよ。仲良くなりたいって思っていただけるのは、俺にとってプラスでしかないから。俺だって藤川さんと仲良くなりたいですよ」 違う意味ですけど、とは言えずに笑いで誤魔化す。 「本当?」 「本当ですよ。だから今日も家に来るの、オッケーしたんじゃあないですか」 「へへっ、嬉しいです」 さっきまで誘っているかのように余裕振ってた藤川さんが照れたように笑った。可愛い人だ。……本当、可愛くてたまらない。 「でもその代わり、藤川さんだって俺のこと下の名前で呼んでくださいよ」 「え? 俺もですか?」 「当たり前です。俺だけ呼んだって、そんなのは仲良くなったことにはならないでしょう?」

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