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ゆっくりじゃあダメですか?(5)

しばらくの沈黙の後、藤川さんがこくりと小さく頷いた。 そのまま顔を上げずに、床をじっと見つめている彼の、睫毛が揺れる。  伏せられた目は余計にその睫毛の長さを引き立てていて、可愛らしさが増した。 このまま視線を戻されて、上目遣いで見られてしまったら今度こそ鼻血でも出るんじゃあないかと、自分の鼻を押さえると、それに合わせて藤川さんが思った通り俺を見上げた。 だからもう……、タイミングまで予想通りって、この人は俺の心が読めるのかな。 「堤下さん……」 「はい」 「飲み直し……ましょうか、」   「あっ、はい。そうですね」 さっきまで自分が名前がどうのって騒いでたくせに。いざ呼ぶ側になったら、なかったことにするのか。飲み直しで誤魔化すなんて。 ビール缶を握った藤川さんに続いて、俺もビール缶を握り、乾いた喉に流し込もうと口をつけた時、囁くような小さな声が聞こえてきて、飲むのをやめて机に置いた。 「ん? 何か、言いました?」 「……いさ、ん」 「え?」 「……康平……さんっ、」 この人の、感覚はどうなってる? 今は名前で呼ぶの、やめたんじゃ? 飲み直しって話を逸らしておいて、ここでまた戻るのか。 俺、心の準備とかできてなかったのに。 「……っ、今、このタイミングで、呼びます……?」 言葉が途切れた。心臓が今までにないくらいにうるさい。自分でも耳を塞ぎたくなる。このまま壊れるんじゃ?

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