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ゆっくりじゃあダメですか?(6)
「よ、呼んでいいんだって言われて、そうすぐには……呼べないでしょう? 俺、心の準備がっ、」
「……そ、う、ですか……。俺には、呼ぶように言ったのに?」
「あっ、それは……」
髪の毛をわしゃわしゃ掻いて、俺は座り直した。痺れるのを覚悟して正座に。
心の準備ってなぁ、まったく……こっちはさっきも今も、まだできてなかったよ。
「康平さん……」
「は、はいっ、」
「康平さん!」
「だから、ちょっと」
「俺のも、呼んで……っ」
ぎゅうっと、藤川さんが俺のシャツを掴んだ。こんなに大胆なことをするくせに、その手は小刻みに震えている。
俺は、恐る恐るその手に自分のを重ねた。
震えてるくせに、どうして……?
知り合ってからこうやって飲むようになって、まだたったの数ヶ月で。
これからゆっくりと仲良くなっていけばいいじゃあないか。
こうやって焦る必要がどこにあるの?
「智春さん、」
「……っ、」
「今日は本当にどうしたんです? ……震えてまで、こんなこと。ねぇ……、何かありました?」
「あっ、」
「俺は、智春さんとこうして飲む関係を、やめようなんて思ってませんよ。急いで仲を深めずとも、俺はもう仲良くしているつもりですし、これからももっと仲良くなりたいって思っていますから。ゆっくりで、いいんじゃあないですか?」
俺は藤川さんが好きだから、ゆっくり進んでゆっくり心を開いてもらって、それから俺のことを好きになってくれたらなぁと、そう思っているのに。
俺のことを何とも思っていないだろう藤川さんは、どうして焦るのかな?
転勤するわけでもないだろうに。
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