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ゆっくりじゃあダメですか?(8)

今日の外回り? ……きれいな女の人? 同僚の下野と二人で回ったけれど、近くに藤川さんもいたってこと? 「どういう……えっと、」 でもそれが嫌で、こんなふうに泣く理由が分からない。 だってさ、俺がきれいな女の人と歩いてて、取られるって思ったって、そんなの答えが一つしかないじゃあないか。そしてそれが普通なら有り得ない答えなわけで。 「声、かけようと思った、ら、その人が、康平さんって、呼んでた……っ、」 「えっ、」 「たまたま、康平さんと、同じ会社で、それだけなのに……! 仲良くしてるの、ずるい。俺も、もっと仲良く……なりたいっ、のに……!」 「智春さん?」 これは、期待してもいい? 藤川さんは、俺のこと好きだって。 じゃなきゃ、こんなこと……。 俺は彼の背中に回した手に、さらに力を込めた。     好きだと、言ってしまってもいいってことか。 俺と彼は、両想いってこと、だよな。  「会社には、俺の知らない、康平さんがいるんだって、……でも俺は、こうして、一緒に飲んでくれる、康平さんしか知らなくて、」 「智春さん、」 「たまに会って、たまにこうして飲むだけで、朝は一緒だけど、駅までの時間なんてほんの少しだし、それなのに、ゆっくり仲良くなってたら、仲良くなった頃には、康平さんはきっと誰かのものになってる、」 「……っ、」 心音が、聞こえてしまうんじゃあないかってくらいに大きく鳴ってる。藤川さんが泣いていて余裕をなくしてなかったら、気づいて引かれるくらいには大きい。

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