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今、君に。(1-3)

◇ 「あっつ……、」 久しぶりに戻って来た地元は、相変わらずの景色が広がっていた。見渡す限りの田んぼに、空気に混じった土の匂い。 都会の生活に慣れてしまった俺にとっては、懐かしくて、でも同じくらいに違和感もあった。 高層ビルなんてものはないから、日陰はほぼなくて。 額から流れてくる汗を、何度も拭う。 高校を卒業して遠く離れた大学に行き、それから十年ほど、俺は地元に帰って来ていない。 いや、帰って来ていないんじゃない。帰ることを許されなかった。 大学のお金と生活費は仕送りしてくれたものの、家に帰ることだけはどうしてもダメで。 こんな息子がいることを隠したかったのかもしれないけど、生んでしまった時点でそれはもうどうしようもないだろうに。 今まで育ててもらった恩を返すことはできないから、せめてお金だけでもと、今少しずつそのお金を稼いで返しているところだ。 縁を切るのなら、全て終わらせてからがいい。 ひどいよなぁ、 息子よりも世間体を大事にするんだから。 親父が死んだことだって、葬儀やら何やら全て終わった後に知らされた。 その時に、あぁもう本当に終わったんだって、そう感じたんだ。 じゃあなぜ、今帰って来たかって? 歩く度に、じゃりっと小石の音がする。 その音に気づいて、少し背中の丸くなった女性が振り返った。 「母さん……」 「……あ、つし」

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