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今、君に。(1-5)
「仕事は……どんな感じ、なの?」
俺より少し遅れて部屋に入って来た母さんは、俺の向かい側にゆっくりと腰を下ろした。テーブルの上に置かれたその手は、小刻みに震えている。
「まぁそれなりにやってるよ。職場の人もみんないい人たちだし」
目線を合わさずに素っ気なくそう返事をして、俺は天井を見上げた。
質問の意味も分かってる。それからこの、俺の言葉に対する母さんの返事も分かってる。
「そう、それなら良かった……」
母さんはホッとしたように声を漏らし、そして黙り込んだ。
ほうら、やっぱり。
こう言うと思ってた。
“良かった”と、母さんは言ったけれど、何が良かったんだろうね。
今はあの頃と違って、まともな人生をおくれてること?
一度外れた道から元に戻ったこと?
天井を見ながら、乾いた笑いがこぼれた。
あぁ、おかしい。
変わらないものだらけじゃあないか。何が変わったって言うんだ。
何も、何も変わっていない。
「何が“良かった”の? 俺は何も変わってないよ。良かったなんて思うことは何一つないだろう? ……ねぇ、母さん。元のレールに戻れるかどうか心配してた? 普通の人みたいに過ごせるようになるか心配してたの? 今度こそ道を外さないで欲しいって、そう願ってた?」
俺は視線を下げ、そのまま母さんを見つめた。母さんの目には涙が浮かんでいる。
「あ、つし」
「母さん」
何か言いたそうに名前を呼んだ母さんを遮った。それから決めた思いを、今までずっと考えて来た思いを、ゆっくりと言葉にする。
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