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今、君に。(2-4)
「いい人、できたよ……」
俯いたまま、春が呟いた。
俺はその春の声よりも小さな声で「そっか……」と、それだけ返した。
良かったと、そう思うべきなのに、それなのにやっぱり俺は勝手だから。
素直に喜べない。少しもそんなふうに思えない。あの時どうして手を離したのかと、悔やんだところで変わることのない過去を想うことしかできない。
今まで一人にして放っていたくせに。
これは、自業自得じゃないか。
優しい春を苦しめた罰だ。
「春、ごめんな」
「……ううん」
「俺、」
「ねぇ、敦。もう謝らないで。敦だけが悪いんじゃないよ。僕も悪かったの。僕が敦を好きになったから」
「春っ、」
「でもね、敦。僕は敦を好きになったこと、後悔はしてないよ。大切だった。僕にとって、とても大切な気持ちだったの。それにね、あの時も、そして今も、聞きたいのは謝罪の言葉じゃない。………いい人なんか、いないよ。僕の中にはずっと、あの頃から敦がいる。憎んでも恨んでも、それ以上に敦への想いが強いんだ。やっぱり、側にいたい」
春の言葉に、今まで味わったことない痛みが胸に走った。ぐさりと強く、想いが突き刺さった。
「僕ね、おかしいの」
「春っ、」
「敦のこと、いっぱい恨んで、憎んだはずなのに。……全然嫌いになれないの。ずっとずっと会いたくてたまらなかった」
「……っ、」
「僕、おかしい、よね……っ」
謝らなきゃいけない俺にはその言葉を口にしないでと言ったくせに。春の方が“ごめんなさい”と、その言葉を呟く。大粒の涙をこぼしながら、小さな肩を震わせ、何度も何度も。
その顔が、あの時──俺が捨てたあの時の顔と重なって。
俺は、すぐに春を引き寄せ、それから折れそうなくらいに強く抱きしめた。
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