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ねぇ、こっち向いてよ。(10)

「どうせ早く来てしまったから、ここに隠れて俺の様子でも見ようと思ったんでしょ? 早く来たことが俺にバレたら恥ずかしいって」 「……、」 「……俺、今最高に幸せだわ。藍も俺と今日出かけること、ちゃんと意識してくれてたんだ」 図星すぎて、何も反論できない。 いつもなら何かしら言葉を返すのに、今何か言葉を返しても、結果として大和を喜ばせるだけだ。 でも何も言わなかったら言わなかったで、それもダメな気がするから。 俺は聞こえるか分からないような小さな声で、否定の言葉を口にした。 それから俯いたまま黙っていると、「だから藍は可愛すぎるんだよ」と、大和が幸せそうな声を出して笑った。 何だよもう。分かってるのなら、俺が恥ずかしくなるようなこと言わないでよ。 俺は俯いたまま、いい加減にしろと大和を叩いた。 けれどすぐにその手を掴まれ、何もできなくなる。 「やめっ、」 「残念だったね。バレバレだよ藍ちゃん。だってね、俺、藍ちゃんよりも早く着いちゃってたから」   「…… え?」 驚いて顔を上げれば、珍しく大和が頬を染めていた。俺の手を掴んでいない方の手で顔を隠しているけど、赤くなった耳は隠し切れていない。 こんな大和、初めて見た。 「……っ、」 ドキドキしすぎて、胸が苦しい。 「藍ちゃん、俺、幸せだ」 「う……るさい、」 「来てくれてありがとう」 「うっ、」 おかしいなぁ。こんなはずじゃなかったのに。どうしちゃったんだよ、俺の心臓は。 ねぇ、俺はどうしたらいい? 大和のこと嫌いだったのに。嫌いだったはずなのに。 「じゃあ行こっか」  「……うん、」 大和が俺の手を引いたまま歩き出す。 俺は、誘ってくれてありがとうの代わりに、その手をほんの少しだけ握り返した。

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