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第2話
それからはブランとリューク、二人の楽しい時間が過ぎて行きました。
実は明るく、話上手なリュークは毎日来る村の子供達や村に住む大人達ともすぐに仲良くなり、その事にブランは大変満足していました。
しかもリュークには自分でも気が付いていなかった位にほんの少しばかりですが、魔力の種と呼ばれるモノがあったのです。魔法を使う者達には魔力を嗅ぎ取る力があり、ブランほどの高位の魔力使いになると、ほんの少しの魔力でも嗅ぎ取ることができるのです。
これにはブランは自分の杖から何個も花火を打ち上げてしまう位に大喜びしました。もし、この魔力の種をうまく育てられれば、リュークも魔力使いとして自分と同じ時間軸で生きられるからです。
二人の間で約束事に決まったキスを、ブランはリュークに窘 められるまで、何回もし続けました。
ブランは魔法の種を育てる方法もリュークに教え、充実した二人の日々が続いていきました。
ある日リュークが思い出したようにブランに尋ねました。
「そう言えばブラン、貴方は今の統治の王という方には会った事がないって言われてましたが、その前の方にはお会いしたことがあるのですか?」
「え?…あっ!」
ブランが持っていたコーヒーカップを落としそうになったのを、ギリギリでリュークが受け取ると、
「ブラン、大丈夫ですか?はい、どうぞ。」
ブランに手渡しました。
リュークから受け取ったコーヒーカップを静かにテーブルに置くと、
「私が…そう言ったんですか?」
ブランが消え入りそうな声でコーヒーカップから目を離さず尋ねます。
「名前の話をされた時に、今の方とは会ったことがないと言ってましたよ。」
「それ…は、い…今の方ではなくて…。」
言い淀むブランにリュークが不思議そうな顔で、
「何か言い間違えをしたのですか?」
その言葉にブランが大きく頷き、
「そ…そうなんです。名前の事に気持ちがいっていたので、何か勘違いをしたようです。…そうですね、リュークも魔力を持つ一人として、統治の王の事を少し知っておいた方がいいかもしれませんね。」
そうして話し出そうとするブランの膝にリュークがちょこんと座りました。
「ここで聞いてもいいですか?」
リュークの首を傾げて尋ねる仕種に、ブランの顔から強張りが消え、微笑みが広がります。
「いいですよ、リューク。」
そう言って、リュークのお腹に腕を回すとブランが話し出しました。
「昔、魔力を使える者は今よりももっと少なく、自分達の住む国もなく、人から隠れるようにして静かに、ただただ静かに暮らしていました。
人とは違う力を持ってしまったがため、人に怖がられ、その恐怖によって捕まえられたり、殺されたりという事もあったようです。
そんな中、すべての魔力使いが安心して暮らせる世界を作って下さったのが統治の王です。
性別も年齢も顔も全てが謎のたった一人の方です。」
「ずっと生きているのですか?」
「そう聞いています。たった一人、ずっと私たち魔力使いを守って下さっているんですよ。」
「それで、統治の王に真実の名前を教えているのですか?」
「そうですね、感謝とそして反抗心がないという意思表示でもあるのです。」
「それなのに、ブランは外に出たのですか?」
「え?」
リュークに尋ねられ、再びブランの顔が強張ります。
「ブランは、安全な魔力使いの、統治の王の作られた魔力使いのための世界を捨て、何でここに来たのですか?」
重ねてリュークが無邪気に尋ねます。
「それ…は…。」
そう言ったきり黙ってしまったブランの腕をリュークが掴んで自分にまきつけたり、自分の頭をなでたりして遊び出しました。
「…きっと、リュークに会うためですよ。」
そう言ってブランはリュークを抱き上げて下におろすと、椅子から立ち上がり足早に自分の書斎に入って行きました。
「嘘はだめですよ、ブラン…。」
そう言うと、リュークも何かを考えるような顔で自分の部屋に戻って行きました。
この日以降、二人の間に統治の王の話が出てくる事はありませんでした。
そうして二人の生活が半年ほど続いたある嵐の夜、いつものようにブランが自室でそろそろ寝ようと用意をしていると、小さく扉をノックする音がします。
どうぞと答えるとリュークが自分の枕を両腕に抱えておずおずと入ってきました。扉を閉めるとブランに背を向けたまま消え入りそうな小さな声で
「雷が怖くて…。」
そう言って、ちらっと肩越しにブランを見ます。
ブランはクスッと笑うと、どうぞと掛けている毛布を持ち上げました。
それを見たリュークはパッと振り向くと、たたたっとブランのベッドに駆けより、するりとその中に潜り込みました。
そこから少し顔を出すと、ブランをじっと見つめます。
「どうかしましたか?私の顔に何かついていますか?」
ブランが尋ねるとリュークは軽く首を振り、
「…幸せだなって思って…僕は一度この人生を捨てて、もしかしたらあのまま死んでいたのかも知れないのに。あなたに会う事ができて、こんなにいい生活ができて…ブランは優しいし、僕は本当に運がいいなって。」
そう言うとリュークは毛布の中にすっと潜り込みました。
ブランはその少し出ている頭をなでながら、
「あなたと私はきっと出会うべくして出会った、縁の深い…まるで前の世に次の世でも出会う約束をしてきたかのような…そう、もしかしたら親子だったのかもしれませんね。」
そう言うとブランはリュークの頭にキスをしました。
「ブランは僕の事、どう思っていますか?」
再び毛布の中から少しむっとした顔を出してリュークが尋ねます。
その頭を抱きしめると
「愛おしく思っていますよ。だって、私の家族ですから。」
そうしておやすみなさいと言ってリュークに軽くキスをすると、ブランは明かりを消しました。
暗い部屋の中を時々稲妻の光が照らし出します。
その中でリュークの影がもそもそと動き出しベッドに上半身を起こすと、隣ですやすやと寝ているブランの顔をそっと覗き込みました。
じっと何かを考え込むようにしていたリュークが一度深く頷き、その懐から杖を取り出すと、すっとブランの頭にかざして何かモゴモゴと唱えてから意を決したように口を開きました。
「…ラー………くそっ!」
リュークは唇をキュッと噛みながら、その手に握られている杖を一回自分の体の横でバッと勢いよく振るとその懐にしまい、ブランにキスをすると、「おやすみ…なさい……」そう囁いて再び横になりました。
真夜中、ブランは息苦しさを感じて目が覚めました。
ん?
口の中で何かが蠢き、舌に絡みついてきます。
目を開けると嵐の去った後の月明かりにうっすらと大人の男性のシルエットが浮かび上がっているのが見えました。
その影がブランに馬乗りになって体を押さえつけ、濃厚な口づけをしているのです。
その口づけはブランの頭を痺れさせるとその思考を遥か彼方に追いやり、快楽の沼底に引っ張り込もうとします。 しかし辛うじてブランは横に寝ているはずのリュークの事を思い出して気を持ち直し、力一杯その影を突き放そうと抵抗しました。
寝ているはずのブランが急に抵抗したのに驚いた影が、手と唇を離した隙にブランが枕元に置いてある杖を手に取りさっと振ると、部屋の中を明かりが照らし出します。
ブランがパッと自分の隣を見ると、そこに寝ているはずのリュークの姿がありません。
瞬間、ブランの体から煙のように魔力があふれ出します。
その目もいつものふにゃんとした優しいモノとは違い、見た者を震え上がらせるような冷酷な眼差しです。
「私の隣に寝ていた少年をどこにやったんですか?」
その気迫に押され、影はブランから離れると、手を上げてベッドから下り後ずさっていきます。
「リュークは、少年はどこですか?」
再度尋ねるブランに青年は口の中で何かを呟くと、ズボンに挟んでいた杖をすっと取り上げました。
やはり魔力使いか…しかもこれだけの魔力の強さとなると、私でも勝てるかどうか…ただこの魔力、どこかで…。
青年から嗅ぎ取った魔力の強大さに怯 みそうになりながらも、ブランが来るであろう攻撃魔法をかわそうと杖を持ち直した瞬間、青年が見る見る内にリュークに変わりました。
ブランは訳が分からず、金縛りにあったかのように動く事も出来ず、青年から変わったリュークが自分に近付くのを見ている事しかできません。
「すいません、私は貴方に嘘を付いていました。
私は貴方と同じく魔法を使う一族の一人です。
同族嫌いの高位の魔力使いが人の側で暮らしていると言う噂を聞いて貴方に興味を持ち、リューク少年として貴方の側で貴方を拝見させていただきました。
嘘を付いていた事、だましていた事を謝ります。申し訳ありませんでした。」
そう言って再び呪文を唱え杖を振り上げると、リュークが先程の青年に変化しました。
そしてベッドに上がりブランに近付くと、未だに状況が飲み込めないでいるブランの顎を掴み、再びあの口づけをしてきました。
なすがままにされていたブランが、意識を取り戻したかのようにリューク青年を突き飛ばします。
「な・・・何をするんですか⁈
貴方がリュークだという事は理解しましたが、何でこんな…こんな事をするのですか?それにリュークにはこんなに強い魔力はなかったはず。」
「わかりませんか?私は貴方と過ごす内に、貴方に好意を持ってしまったのです。
先ほどまではこのまま、この想いを隠したまま私達の世界に帰るつもりだったのですが、やはり貴方の事を私のモノにしたいという思いに抗う事が出来ませんでした。それと、私には魔力を隠せる能力があります。普通の魔力使いならば気が付かないのですが、貴方クラスになるとどんなに隠しても嗅ぎ取られてしまうだろうと考え、寧ろ少しだけ魔力を解放させていただきました。しかしさすがですね、あの程度の魔力でも嗅ぎ取られてしまうのですから。」
「ちょっと待って下さい。帰るってどういう事ですか?」
ブランが青ざめた顔で尋ねます。
「あなたとずっとこのままリューク少年としてここで過ごしたいのですが、あちらの世界にも私のやるべき仕事があるので…こちらの世界での滞在はそもそも半年、今夜迄という期限付きだったのです。」
そう言うとリュークはブランの両頬を手でふわっと挟むと再びその唇を重ねてきます。
ブランがその唇を拒否するかのように顔を横に向けました。
「私のこの想いを受け止めていただけないのですか?」
そう言ってリュークはブランの顔を哀しげな眼で覗き込みます。
しかし、ブランは俯き黙ったままです。
「私の事がお嫌いですか?」
そう問われて弾かれたようにブランは顔を上げると、
「貴方を、リュークを嫌いだなんて事…あるわけがない!」
その答えを聞いたリュークはブランに飛びつくようにして、そのままベッドに押し倒しながらキスをしてきます。
そんなリュークの体を押し戻そうと抵抗するブランに
「何故抵抗されるんですか?」
リュークがワケが分からないというような顔で問います。
「そんなの…急に言われたって心の準備が…。大体、これは禁忌の筈。」
「あぁ、やはりお分かりでしたか。貴方がこのキスに身も心も委ねて頂ければ私の、私だけのモノとして一緒に帰れると思ったのですが、やはり貴方にはこの程度の魔術では無理でしたね。」
「それにこの村の方達と別れるなんて…」
そう答えるブランにリュークは体を離すと、
「このまま貴方を連れて帰れないのは辛い所ではありますが仕方がありませんね。それと貴方も理解しているとは思いますが、村の住民は貴方と共に生きられる存在ではないし、いくら貴方が彼らを大事に思っていても、彼らが貴方と同じように貴方を大事に思っているとは限りませんよ。」
「それは…っ」
ブランの反論を拒むようにリュークはすっとブランの顔の前に手を上げると、
「私に貴方の心、身体、その全てを独占させて下さい。もし貴方が私以外のモノに煩わされるようなら適宜対応させて頂きます。貴方にこの事での拒否権はありません。そして私の気も長くはない。この事で貴方なら全てを理解できるはずです。それでは貴方の心の準備が出来た頃、お迎えに上がります。」
そう言うとリュークはさっと杖を振り上げ、ブランに一礼すると忽然と消えてしまいました。
次の日、いつものように子供達がブランを訪ねると、そこにリュークの姿はありません。
リュークはどうしたのかと尋ねる子供達に、両親が迎えに来て一緒に帰りましたとブランは寂しそうに答えました。
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