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第3話

リュークがいなくなってから数日後、いつものようにブランが子供達を迎え入れていると、いつもよりも子供の数が少なく、また来ている子供達もあまり元気がない事に気が付きました。 「何かあったのですか?」 子供達に問うと、村の子供達の間で風邪のような病気が流行っているとの答えだったので、子供達が村に帰る時にブランは特製の風邪薬を持たせる事にしました。 普通の風邪ならば飲んで一日位寝ていればすぐに良くなるはずです。 しかしブラン特製風邪薬をもってしても病気は治るどころか、日毎にブランの家に来る子供達は減っていきます。 その子供達が帰る時にブランは前日よりも強い薬を作り持たせますが、一向に良くなる気配はなく、ついには子供達は誰も森に来なくなってしまいました。 あまり村に行く事はないブランでしたが、さすがに子供達が一人も来ないという状況に心配して行ってみると、ブランを見つけた村人達が一斉に駆け寄り、口々に自分達の子供の病状を訴え、何とか治して欲しいと懇願するのです。医者からはこのような病は見た事も聞いた事もないと言われて匙を投げられたとも。 村人達に泣きつかれたブランは家の中にある様々な本や文献などを読み漁りましたが、一つの手立ても見つける事は出来ませんでした。 それでもなんとか子供達を助けたいと、少しでも希望があればその薬を作り子供達に届け続けました。 しかしどんなに強い薬も、その効き目はまったくなく、子供達の病状は日に日に悪化していきます。 ブランは寝食を忘れ、病気とは関係のないような本にまで、もしかしたらという細やかな希望を求め、家の中の本という本を読み漁り続けました。 そしてついに最初の犠牲者が出てしまったのと時同じくして、ブランへの疑惑が村を覆っていきました。 それは魔法使いの家に行っていた子供達の間にだけ流行している病気という事で、実は魔法使いであるブランが子供達に何かをしたのではないのかというものでした。 丁度リュークがいなくなった直後からという事もあり、実はリュークはすでにこの病にかかり、人知れず死んでいったのかもしれないなどという憶測まで流れる始末です。 たった一人が吐き出した、何の根拠もない疑惑とも言えないような小さな塊が、人々の口を渡るにつれ少しずつ大きくなり、まるでそれが真実かのように語られていきます。 初めはそんな馬鹿な事をと笑っていた村人も、自分達の子供の命の火が消えかけようとしているのを何の手立てを取る事も出来ず、しかも今回に限ってブランの薬が効かない事に疑問を持ち始め、やりどころのない気持ちと共にブランへの疑惑を心に植え付け、育てていくのです。 そしてついにはこの病気の原因であるブランを殺せば子供達の病気が治るのではないのかと言う者まで出始め、残虐な魔法使いに神罰を与えよと村人達の中にはブランの家に火をかけよと騒ぎ出す者まで出始めました。 そんな状況になっているとは露知らず、ブランは家の隅の埃まみれの本にまで希望を求め、探しては読み続けていました。 この夜もブランが本をめくる音だけが響く静かな部屋の中にランプの灯が揺らめいています。 その炎がふわっと揺れると、いつの間にかそこにはリューク青年が立っていました。 リュークは何も言わずブランの向かいの2人で暮らしていた時にリューク少年が座っていた椅子にそっと座ると、ブランの顔をじっと見つめます。 ブランも特に驚く様子もなく、ただリュークの熱っぽい視線から逃げるようにして横を向くと、 「あなたと遊んでいる暇はありません。コーヒーくらいは飲んでいっても構いませんが、さっさと出て行って下さい。」 そう突っぱねるように言うと読んでいる本のページを捲りました。 リュークは、はぁと一つため息をつくと、 「あなたもたいがい優しすぎ、いいえ、人が良すぎですよ、ブラン。」 そう言ってリュークはふぅっとブランの前に置いてあるコーヒーに息を吹きかけました。 その湯気の中に松明を持ってブランの家に焼き討ちをかけよと騒いでいる村人達の姿が映し出されるのを見て、ブランは椅子からガタガタと崩れ落ち、真っ青な顔で床を見つめます。 リュークは座っていた椅子からゆっくりと静かに立ち上がると、ブランに近付いて手を差し伸べました。 「あなたがいくら人間の為と思って色々としてあげたとしても、彼らからしたら私達は異形のモノ。 一緒に仲良くなどできるはずもないのですよ、初めから。 貴方の全てを受け入れられるのは、同じ魔力使いの私だけ。 さぁ、私と一緒に帰りましょう、私達の世界に。」 そういって、ブランを引っ張り起こそうとした瞬間、ブランがリュークの手を離しました。 「ブラン?」 リュークが尋ねると、それを無視するようにブランは一人で立ち上がり、倒れた椅子を元に戻して座り直しました。 「そんな事は初めからずーっと分かっています。 それでもあの子供達をどうにかして助けたい。 誰の為でもない、私がそうしたい。ただそれだけの事です。」 「それでは、あなたはこの病が何なのか分かっているのですか?」 「それは…まだ…。」 言い淀むブランにリュークはその顔を近付けると、囁きました。 「私がかけた…呪い、ですよ。」 瞬間ブランが椅子から立ち上がり、その手に杖を持ちはしましたが、リュークの杖の方が先にブランの喉元に突き付けられました。 「な…ぜ…」 ブランはリュークの杖から目を離すことなく問います。 リュークはブランの手から杖を取り上げると自分の服の中に仕舞い、ふふと満足そうに笑いながら言いました。 「あなたを手に入れるためですよ、ブラン。リューク少年の時に貴方とこの村の人間との関わりを見ていて、貴方の足枷であるこの村がなくならない限り貴方は私の元へは来て下さらないと解しましたので、その足枷をなくしてしまおうと思いましてね。 しかし、人間の心はこうも弱いものですかね。ブラン、かわいそうに。」 「あなたが、呪いをかけたというのですか?」 リュークの言葉を遮るようにブランが疑問を投げつけます。 「そうですよ、ブラン。それがどうかしましたか?」 「どうかって…呪いをかけるなんて…そんな事、簡単にできるわけが…大体あの禁忌の術にしても、なぜ貴方はする事ができるので…っ!」 「どうかされましたか?」 ブランに微笑みかけるリュークとは逆に、ブランの顔は見る見るうちに青ざめ強張っていきます。 「あなたは、まさか、と…統治の…ん」 ブランが言い終わらないうちに統治の王であるリュークが、その顎を掴むとくちづけをしました。 「ん…やめっ!」 リュークの体を押し戻そうとブランが抵抗しますが、今回はまったく太刀打ちできません。 頬を掴まれ無理やり口を開かされると、リュークの舌がねじ込まれブランの舌に絡んできます。 「んぅっ…はぁっ…ん」 ブランの口からは甘い声とため息が漏れ、頭は痺れ、体の力が抜けていきます。 「ブラン、一緒に帰ると言って下さ…っ!」 一瞬リュークの唇に痛みが走り、ブランからはなすと、その唇の端からは細く血の線が流れ、床にシミを作っていきます。ブランはリュークの唇を噛んだ時に残った口の中の血をペッと床に吐き捨てました。 それを見たリュークは唇を拳でぐいっと拭くと、ブランの喉元に突き付けていた杖をブランの体に沿ってゆっくりと下ろしていきます。 するとブランの意志とは関係なく、その杖に導かれるように、ブランは床に座り込みました。 ある程度の高位の魔力使いの自分が何も出来ずに、相手の思いのままに操られるという、歴然とした力の差をみせつけられ、呆然としているブランにリュークがしゃがみ込んでその顔を覗き込むと、 「ねぇ、ブラン?」 と、問いかけます。ブランは「ひっ」と声を出すと座ったまま後ずさろうとしましたが、椅子が邪魔をして身動きが取れません。 リュークは杖をブランのおへそに当てるとキュッと力を入れます。 「くぅっ…」 うめき声をあげるブランを見て、リュークの喉がゴクンと鳴りました。 リュークは再びブランの耳に顔を近付けると、 「この村の子供達にかけた呪いの解き方をお教えしましょうか?」 と、囁きました。 ブランの目が見開き、リュークを凝視します。 そしてゆっくりと頷くブランを見て、リュークが再びブランの耳元に顔を近付けました。 「簡単な事ですよ。貴方が私のモノになればいいんです。この身体も心も私のモノになってさえ頂ければ、すぐにでも呪いなど消して差し上げますよ。私には造作もない事です。わかりますよね、ブラン?」 そう言ってにこりと微笑みながらブランの胸に人差し指を立てると、スーっと下半身に向かってゆっくりと滑らせていきます。 「…っめてください!」 その指を振り払うと、ブランはリュークに訴えます。 「何で、何故私なのですか?私はここで、この場所で静かに土地のモノとして暮らしていきたいだけなのに…どう…して…どうしてこんな事に…」 「申し訳ありません。でも、私にはあなたが必要なんです。貴方さえいれば、私は私の運命すら受け入れる事ができる。」 「それは私には一切関わりの無いことです。私は私の思うまま生きていく。統治の王たる貴方の命令だとしても、私は貴方と共に帰る気持ちはありません。」 そう言うとブランは静かに首を横に振り、突き立てられた杖を振り払い、立ち上がろうとしました。 「それがあなたの答えですか?この私と帰る気はない、それがあなたが出した最終判断ですか?」 リュークはブランの顔をじっと見つめて問います。 「そうです。私は貴方のモノになる気はない。私の事はさっさと諦めて、貴方の世界にお帰り下さい。」 ブランはそう言って立ち上がり、歩き出そうとしました。 しかしうまく足を出す事ができません。まるで糸でぐるぐる巻きにされていくかのように少しずつ体の機能が抑制されていきます。 「な…に…を…」 ブランが重くなった口から言葉を絞り出します。 リュークはブランの体を自分の方に向かせると、寂しげな顔でブランの顔をなでました。 「そんなに怖がらないで下さい、ブラン。 これからあなたの心、意識体を取り出すだけなんですから。 あぁ、そんな驚かないでください。あなたも知っているでしょう?あなたの真実の名を私が知っていると。あの時リューク少年に聞かれ答えていたじゃないですか。私はあなたの真実の名前も知っているし、それを…使う事もできる、と。」 チュッと軽くブランにキスをすると、リュークは再び話し始めます、 「この術は本当は使いたくはなかったのですよ。あなたが私と共に来てくれると、そう言ってくれさえすれば…でも仕方ないですね。」 リュークがブランの瞳に涙があふれているのに気が付きました。それを舌で舐めとると、 「泣いているのですか?それとも悔しいのですか?それでも私はあなたを諦める事はできないのです。…あぁ、そろそろ時間ですね。さぁ仕上げをしましょう。」 そう言ってリュークはブランの頭に杖を掲げると 「これで、貴方は私のモノ…ラーマ、私の元に。」 ラーマと呼ばれたブランの最後に残っていた眼の光が消え、全ての表情が喪失すると、がくんと前のめりに倒れこみました。それを予知していたかのようにリュークがすっとブランの体を支えると、その頭からリュークの杖に引っ張られるようにして光の珠が出てきました。 それをリュークが空中でくるくると杖で円を描くように回転させると、その珠はネックレスとなりリュークの首にかかりました。 「限界だったんですよ、ラーマ。あの時に、私はあまり気が長くはないと言ったはずですよ。それでも私にしてはかなり我慢したのです。しかしそれも今この時まで。あぁ、ようやくあなたの心も、そしてこの身体も手に入れる事ができた。これで私の側においておくことができる。ラーマ、私のラーマ。」 リュークは意識体を抜かれたブランに濃厚な口づけをし、ブランの意識体である珠にも軽くキスをすると、満足げに眺め、ブランを両腕で抱きかかえるとすっとその場から二人の姿は消え去りました。

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