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第4話

薄暗くて広く寒々しい廊下をコツコツと靴の音が響く。 靴音の主の周りをランプがほのかな明かりをともしながらふわふわと浮いている。 廊下の突き当りで立ち止まると、中にいる者を体現しているかのような巨大で来るものを拒絶するかのような威圧感のある扉を見上げた。 この扉を見る度に腹をきゅっと掴まれるような、なんとも嫌な緊張感がせり上がって来る…そんなことを思いながら、一度深く呼吸をすると、扉をゆっくりとノックした。 「入れ。」 中からこの城の主の声が響く。 老執事がすっと手を上げると、ふわふわと浮いていたランプがすっと消えた。 扉がガチャっと音を立て、勝手にズズズっと開いていく。 一歩足を踏み入れようとするが勝手に足が嫌がる。丹田と呼ばれるへその下辺りにぐっと力を入れ、足を無理矢理踏み入れた。体が全て入ったところで、今度は扉が閉まっていく。 その腹に響く音を後ろに聞きながら、この城の主のもとに近付いた。 「失礼します。」 老執事が一礼をして顔を上げた先にはベランダに続く大きな窓の前に豪奢な椅子が一脚。 その椅子のひじ掛けの片側に肘をつき、キラキラとした珠を満足そうに眺めているリュークが座っていた。 「閣下、お呼びでしょうか?」 「閣下はやめろ!この先、私の事はリュークと呼べと通達したはずだぞ。」 じろっと老執事を一睨みすると、持っていた珠を首にかけ椅子から立ち上がった。 「申し訳ありません。」 そう言って、再び深々と頭を下げる。 「他の者にもしっかりと通達しておけ。」 「御意。」 首にかかった珠を手でいじりながら椅子の前を行き来しつつ、リュークが老執事を手招きする。 それに応えるように老執事がリュークの側まで行くと、再び頭を下げる。 「顔を上げろ。」 リュークにそう言われて老執事がすっと背筋を伸ばし頭を上げる。 「この先、あの部屋には誰も入れるな。」 クイッと顎で指し示す先の部屋には、先程主の連れ帰った男が眠らせてある。数百年前に、皆に何も言わず黙ってこの場所から出て行った、かなり高位の魔力使い。 半年程出てくる。その一言を残して主がどこへ行ったのかもわからず心配をしていれば、ちょうど半年後に帰城。自分をリュークと呼べと達し、ある人間界の村に呪いをかけるので手筈を整えろと命令し、しばらくすると明らかに禁忌と分かる術によって眠らせた男を、自分のモノとしてここに住まわせると連れ帰ってくる始末。 そして今度はその部屋に誰も入れるなと…。 「御意のままに。」 そんな心の内など一片も悟らせる事なく答える。 老執事の答えに満足するように頷くと、椅子に座り、首にかけていた珠を外すと、再び満足そうに眺め始めた。 その目が一瞬キラと光るとふふふとリュークが笑い出した。 今まで他者の前で笑うことなどなかった主の笑い声に驚きを隠せず、老執事の体が少し動いた。 「何だ?私が笑うのがそんなに驚くようなことか?」 片方の口端を上げたままじっとリュークに見据えられている老執事が何も言えず俯いたままでいると、リュークがちらと珠に目を落とし再びその目が光った。 「さすが…だな。」 その言葉に老執事が顔をあげるとリュークが球を微動だにせず見つめていた。 「ブラン様がどうかしましたか?」 老執事が尋ねた。 そして尋ねてからしまったと唇を噛む。 気付かないでくれ、そう強く願ってはみたもののあとの祭。 「どういう事だ⁈何でお前がブランの名前を知っているんだ?」 「……。」 答えに窮していると、再びリュークが珠に目を移した。 「チッ」 大きな舌打ちを一つすると椅子から立ち上がり、イラついた声で、 「その話は後で聞く。今はさっさと出て行け!私が呼ぶまでは誰もこの部屋に入れるな!」 そういうとリュークが手をすっと払うように一回振った瞬間、老執事は部屋の外に出されていた。 それに特段驚く様子を見せる事なく、すっと立ち上がるとさっと手を振って再びランプを出すと、 「不味いことをした…。」 そう一言を残して、コツコツと足音と共に廊下の奥に姿を消した。

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