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第5話
老執事を扉の外に出すと、早足で部屋を横切りながらブランのいる部屋に向け片手を上げた。
静かに扉が開き、その中にリュークが吸い込まれるように入ると、扉は今度は静かに閉まった。
部屋の中では暖炉の炎が揺らめき、その暖かなオレンジ色が部屋をぼわっと照らし出している。静寂の中でパチパチと薪の爆ぜる音が響く。
部屋の真ん中に置いてある大きなベッドに早足で近付くと、じっとその中の影を見つめていたリュークが、ほっと溜息をついた。
「なんだ、やはり気のせいか。」
そう呟いてベッドにギシッと音を立てて上がり、真ん中でゆっくりとした胸の上下運動を繰り返しているブランの胸に軽く手を置くと、心臓の鼓動を感じたリュークの顔に微笑みが広がった。
しかしブランにかかっている毛布を少し動かそうとしてリュークの動きが止まり、顔が険しくなる。ぱっと見は変わりなく見えた動けない筈のブランの体が少し、ほんの少しだが寝かせた時の位置とずれていた。
すぐに首にかかっている珠に目をやる。
「やはり…。しかしこの短時間でここまでできるものなのか…いや、有り得ない。」
首を振ると再びブランと珠を交互に見つめる。
「半分…いや頭部…口はだめか。それ以外なら…。」
断片的な単語を呟くと、ブランから取り上げたベッドに立てかけてある杖を掴んで自分の服の中に隠す。
首にかかっている珠を外し掌にのせ、今度は自分の杖を服の中から取り出すと口の中で呪文を呟いて杖をくるくると回し、ブランの体にそこから出ている光をさっと振りかけた。
その光がブランの目と耳に吸い込まれた一瞬後、ブランの閉じた瞼の中で瞳が動いた。
瞼が2度ほど閉じたままで瞬きを繰り返すと、その目がゆっくりと開いた。
「ブラン、貴方の目と耳の機能を一時的に復活させました。」
ブランの目に光が蘇る。
「ブラン、貴方は私だけのモノ…そう思っていたのですが、貴方の事を前から知っているものがこの城に一人。そしてこの状況にあってなお珠との異常な同調率。
この状況から考えられる事…信じられませんが、貴方はすでにこの事を体験したことがありますね?口は…」
開けなくしてあります、そう言おうとしたリュークに向かってブランの動かない筈の口が動いた。
「リュー…ク、もう、やめ…くだ…い。」
そのたどたどしい言葉を聞きながら、リュークの瞳が怪しく光った。
開くことのできない筈の口を開くことができたという事実が、自分の考えがあっていたという証明に他ならなかったからだ。
すなわち、こうしてブランの事を拘束していた誰かがいた、しかも自分と同じ身分だった者の中に。
先ほどまでの安らかな動きとは打って変わり、激しい上下運動を繰り返すブランの胸に手を置くと、その手にぐぐっと力を入れた。
「くぅっ!」
ブランの口から苦しそうな声が漏れた。
リュークがその声を聞いて堪らずぺろりと舌なめずりをする。
それを見たブランの顔から血の気が引いていく。
「…めっ…いや…やめて…」
涙が零れ落ち、顔を真っ青にして許しを請う。ただ、それは何のための許しなのか。
しかし、ブランはわけもわからない恐怖を感じ、そうせずにはいられなかった。
「だったら答えて下さい。貴方は一体何者ですか?」
「あなたの知っている、ただのブランです。それ以外の何者でもな…っぐはっ!」
リュークのブランの胸にのっていた腕がその体の中にずぶずぶと埋もれていく。
苦しそうな息を吐き続けるブランを横目に、もう片方の手でブランの涙をぬぐう。
「かわいそうなブラン。でもね、そんな誰にでも分かるような嘘をつかれてしまっては、私は貴方に罰を与えなければならないじゃないですか?
それではもう一度チャンスを…って、あぁ、これですね貴方自身。早々に到達してしまったようです…あなたを欲しがりすぎてあなたにチャンスを与えられなかった私を許してください、ブラン。」
口では謝罪の言葉を言いながら、その手はブランの心臓の感触を楽しむかのように握ったり離したりを繰り返し、その度に苦しみと痛み、そして恐怖に歪むブランの顔を愛しそうに眺めている。
「ねぇ、ブラン。これを握りつぶせば、いくら長寿の私達でもひとたまりもないんでしょうね。ドクドクと私の手の中で脈打つ…これさえ握りつぶせば、貴方は本当に私の、私だけのものに…ふふ。」
「リュ…ク、ひぁっ…るして…うくぅぅんはぁっだ…さい…。
あぅっすけ…て…」
リュークに心臓を掴まれている恐怖によって、とめどなく流れ出る涙とよだれにまみれた顔でヒューヒューと苦しそうに息をしながら、哀願するブランをその腕の中に抱き寄せると、顔を近付け唇に軽くキスをした。
「ブラン、なんてかわいそうなブラン。今すぐに抜いて差し上げますよ…貴方が望んだ事ですからね。」
リュークの言葉にブランがこれからされるであろう事に気が付き、必死に首を振ろうとするが、制限のかかった体ではうまくいかない。
「い…や。やめ…っくうぅ…はぁうっさい…」
必死に哀願するブランの顔を手で優しくなぞると、
「貴方が望んだ事です。」
そう言ってリュークは自分の腕を無情にもズズズズっとブランの体から一気に引き抜いた。
「あぁぁぁぁぁぁっ!」
ブランの悲痛な叫び声が部屋の中に響き渡る。
痛みと衝撃に体をびくびくと痙攣させながら、ブランはリュークの腕の中でガクンとその意識を手放した。
リュークが意識を失ったブランの体をベッドに再び横たえ、球を掌にのせて杖を振ると、ブランの体から出てきた光が珠に吸い込まれた。ブランからは痛みと苦痛に歪んでいた表情が消え、そのあとには涙とよだれにまみれた顔だけが残った。それを側に置いてあるタオルできれいにふき取ると、リュークはブランの横に潜り込み、
「おやすみなさい、私のブラン。」
そう言ってブランの両の瞼と唇にキスをすると、ブランを抱き抱えこむようにして安らかな寝息を立て始めた。
リュークの手がブランにかけてある毛布を少しずらしたが、その体には傷一つついてはいなかった。
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