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第6話
翌朝、リュークは目を覚ましゆっくりと伸びをしてから、その隣で静かに呼吸を繰り返しているブランの顔を愛しそうに覗き込むと、ブランの前髪を少し掻き上げ優しくおでこに口づけをした。
そしてその手を軽く振ると部屋の大きな窓に吊るされている厚手のカーテンが、サーっと音もなく開いた。
部屋の中はレースのカーテンで柔らかくなった朝の日差しで満たされた。
光がブランの顔を明るく照らし出す。それを愛おしそうに見つめると、
「おはよう、ブラン。」
今度は唇に軽いキスをして、ブランの周りを魔法によって整えるとベッドから下りて部屋を出て行く。
扉から出て来た時にはリュークの身支度も整えられ、そのまま椅子にどかっと座ると「入れ。」と呟いた。
扉がズズズズと開き、ワゴンに乗せた朝食を持って老執事が入って来た。
老執事は扉のそばで一旦立ち止まるとリュークに向かって、「おはようございます。」と挨拶をして一礼した。
平時ならば落ち着きのある優美な動きの老執事が、今朝は昨夜の事があるためか、斜め下に視線を固定したままで、一刻も早くこの部屋から出ようとするかのようにそそくさと朝食の準備を始めた。
それでも、そのことを知らない人が見たら、十分に優美な動きで朝食が並べられていくのを見ながら、リュークがゆっくりと口を開いた。
「あれは、何者だ?」
聞かれた老執事の体がびくっと反応し、その手を一旦止めてリュークの方に向くと
「ブラン様です。」
視線は斜め前の床に固定されたまま、震える声で答えた。
静かにリュークが椅子から立ち上がると老執事に向かって歩を進める。
それを見た老執事の膝がガクガクと震え出した。それを気付かれないようにすっと立ち膝をつく。
「顔を上げろ。」
リュークの靴が目の前に見え、そのあまりの近さに驚いて老執事が顔を上げる。
じっと冷たい目で自分を見つめているリュークの顔から眼を背けることもできず、嫌な汗が頬を伝うのを感じ、口から飛び出そうになる心臓を飲み込むかのようにゴクリと喉を鳴らした。
重苦しい空気の中、リュークが冷たく静かな声で再び尋ねた。
「ブランとは何者だ?」
「ブ…ブラン様です。」
答えになっていない、分かってはいるが言う事はできない。
「そうか…ブランはブラン様か…。」
「あっ…。」
老執事の顔から血の気が引いていった。
「やはりお前が様をつけるような人物という事か。」
「それは…うぁっ!」
老執事の体が宙に浮いた。
「リュ…リュークさ…ぐあっ!」
リュークが老執事に向けて手をぎゅっと握ると、老執事が首を掻きむしり、苦しみだす。
老執事の口がまるで水から出された魚のように空気を欲しがってパクパクとさせた。
「お前はブランをブラン様と言った。ブランは今の統治の王には会った事がないと言った。おい、わかるか?」
そう言うとパッと手を広げた。
瞬間、老執事の体がどすんと床に固定されたまま落下した。
「ゲホゲホ!」
老執事が苦しそうにせき込むのを冷ややかな目で見つめながら、リュークが再び老執事に問う。
「ブランとは何者だ?」
「…。」
黙ったままでいる老執事の腹をリュークの足が勢いよく蹴り上げた。
「うぁっ!」
床を転がる老執事の体を上から足で止めると、再び尋ねた。
「ブランとは、何者だ?」
「…閣下の…」
「前の…か?」
隠すことを諦めた老執事がゆっくりと頷く。
リュークが執事から離れ再び椅子に戻ると、ドスンと座った。
「同じことがあったという事か?」
「同じ…とは少し違います。」
「どういう事だ?」
「どうかこれ以上は…お許しください。」
身支度を整え、深々と頭を下げる。
ふんと鼻を鳴らすと、下がれと静かな声で一言呟いた。
瞬間外に出された老執事がほっと溜息をつくと、何かを思い立ったかのように早足で部屋の前から立ち去って行った。
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